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2017.04.30

シェアリングエコノミー中間報告書が明らかにした、リスクベースのコンプライアンスの考え方と、日本版レギュラトリー・サンドボックスの導入論

シェアリングエコノミー中間報告について

昨年の11月、内閣官房のIT総合戦略室が事務局を務める「シェアリングエコノミー検討会議」は、日本でシェアリングエコノミーを推進していくために必要な諸施策をまとめた中間報告を公表しました

この中間報告では、シェアリングエコノミーは、既存のリソースを効率的に活用することや個人が多種多様なサービスを提供・享受することを可能とするものであり、新しいソ リューションやイノベーションの創出を通じて、日本の課題解決への貢献が期待できるものであるとの受け止めのもと、シェアリングエコノミーという大きな潮流から、日本が着実に果実を得ていくために必要な諸施策を総合的に取りまとめたものになります。

報告書にもあるとおり、シェアリングエコノミーは、「業者」がサービスをフルスタックで揃えて、これを「消費者」に提供するという、これまでのサービス業の枠組みから、インターネットをベースとして、「資源を持っている人」と「その資源にアクセスしたい人」とをマッチングさせることでユーザーのニーズに応えるという新しいサービス提供のあり方を提示しています。

報告書は、これを「『タテ』から 『ヨコ』へ」と表現していますが、要はサービス提供の場がインターネットをベースとするものとなることによって、サービス提供の方法がインターネットのアーキテクチャに合うような形に進化しているということといえます。

この中間報告は、こうしたサービス産業のあり方の大転換、少なくともこれまでとは異なる方法でのサービス提供のあり方の選択肢が、シェアリングエコノミーによって提示されたことを受けて、既存の社会との間で生じる様々なフリクションを乗り越えていくための総合的な戦略が書かれているので、ぜひ皆さんもご一読ください

今回は、この中間報告が、日本のコンプライアンスのあり方に対して、とても大きな問いかけをしているということをお話したいと思います。

 日本企業は「コンプライアンス」を本当に理解しているのだろうか

我々日本人は、法律といえばかっちりと適法と違法の線引があって、ある行為があれば、それが適法なのか違法なのか誰かが一義的に判断することができるものと信じているフシがあります。

ある行為をするときには、それがシロなのかクロなのかを見極めなければならない、そしてクロの可能性があればそれは行ってはならないのだ、というのが「あるべきコンプライアンス」だと考える傾向があるように思います。法律上のルールが不明確な場合には、事前にその法律を所管している官庁に「おうかがい」を立てて、問題がないという「お墨付き」をもらわなければやってはいけないのだ、それが正しいコンプライアンスだ、と考えている企業がとても多いのではないでしょうか。

それは本当でしょうか?

法律はすべての事象を網羅的に規定してなどいません。その法律を作成するときにおける日本社会を取り巻く状況(立法事実などといいます)を前提に、その状況をどのように規律するのか、という側面から作られています。民法や刑法など広く一般に適用される基本法については、将来の社会の変化をある程度包摂することができるように、十分に抽象的にルールを作成するのですが、とりわけ業法と呼ばれる世界では、特定の業態にのみ適用されるルールですので、勢いその内容は、立法の時点での業界の秩序などを前提に、それが適正に回っていくことを期してルールがつくられるのです。

こうしたルールは、立法当時の取り巻く状況が維持されている限りは、それなりに上手く機能するのですが、新たな技術の出現や、新たなビジネスモデルの出現などに対して脆弱性を露呈します。ルールは、そうした技術やビジネスモデルを前提としていないことが往々にあり、その結果、それらの利用が、法律上適法なのか違法なのかよく分からないということが起こるのです。

ルールが想定していない状態に対する法律の適用態度は、大きく分けて2つあります。1つは、法律が想定していないのであるから、そのような新技術の利用やビジネスモデルの採用は違法であるという態度です。もう1つは、法律がそれらの新技術の利用やビジネスモデルの採用を禁じていないのであるから、これを行うのは自由であるという態度です。

伝統的な企業や役所は、多くの場合に前者のような考え方をします。これに対して、従来型のベンチャー企業は、後者のような考え方を取ることが多かったように思います。

これはどちらが正しいのでしょうか?

実はどちらも正しくない、というのが現在のコンプライアンスに対する世界の考え方だと思います。絶え間なく社会を取り巻く環境が動き続けている中、世界のコンプライアンスのものの考え方は、急速にリスクベースアプローチに寄っていると僕は考えています。

そして、このリスクベースのコンプライアンスアプローチこそが、民間がイノベーションを主導していくために不可欠なものの考え方であると思います。

僕がそのように確信しているのは、僕がシリコンバレーで勤務していた頃のコンプライアンスが、こういうフレームワークによっていたからです。当時は、これが何を意味しているものなのか、イノベーションの推進との関係でどのような位置づけで理解すればよいか、必ずしも明確に理解していませんでした。しかし、日本に戻ってきて、多くの日本企業が取り組んでいるコンプライアンスを見て、また日本の霞が関の行政庁の役人を経験し、第4次産業革命を前に立ちすくむ大企業の姿を見て、日本が第4次産業革命に勝ち抜いていくためには、日本社会がリスクベースのコンプライアンスアプローチをしっかり身につけることが不可欠だと考えるに至りました。

リスクベースのコンプライアンスアプローチとは何か、ご説明したいと思います。

 

 民泊の事例からコンプライアンスを考えてみる

分かりやすくするために、具体例としてシェアリングエコノミーの代表格ともいえる民泊を見てみましょう。

(注)民泊については住宅宿泊事業法という法律が第193回国会で通過する見込ですので、今後はこの法律によって規律されることになります。

民泊事業は、住宅の空き部屋を持ちこれを有効活用したい人と、そこに泊めてもらいたい人をマッチングするサービスです。事業者はインターネット上にウェブサイトを開設し、空き部屋を有効活用したい人から空き部屋の情報や宿泊料等に関する情報を掲載してもらいます。泊まる場所を探している人は、これを見て条件の合う空き部屋の持ち主にコンタクトし、宿泊についてお互いに合意できれば、お金のやり取りをします。これで宿泊者は空き部屋で宿泊することができる、というものです。

他方、旅館業法は、「旅館業を経営しようとする者は、都道府県知事(保健所を設置する市又は特別区にあつては、市長又は区長。)の許可を受けなければならない」と規定しています。旅館業にはホテル営業、旅館営業、簡易宿所営業と下宿営業があります。そのうえで、「宿泊する場所を多数人で共用する構造及び設備を主とする施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業」は、1月以上人を泊める下宿営業でなければ簡易宿所営業にあたると規定しています。

民泊は、友人を家に泊めることとの延長線で、インターネットで知り合った個人を自分が管理する住宅に泊めてあげるというコンセプトです。こうしたコンセプトは、もともと旅館業法が制定された時点では当然のことながら想定すらしていません。米国などでは、以前から移民が米国に入国する際に生活の本拠を定めるまでの期間、住むことができる場所を提供するサブレットというものが普通に存在していたりします。

ところが、個人がインターネットで知り合った色々な人達を泊めてあげることによって、これは簡易宿所として規制されている民宿と変わりがないのではないかということを言い出す人が出てきます。こうした人は、多くの場合サービスが広がることで自らのビジネスに影響が出てくる人だったりするわけですが、いずれにしても、無登録の旅館営業を助長するサービスは問題であるとして、民泊事業者を問題視するということをします。

リスクベースアプローチのコンプライアンスは、こうしたときに、まずこうした民泊プラットフォーム事業を行う場合のリスクが何なのかを特定します。旅館業法はマッチング自体を何も規制していませんので、ここでありうるリスクとしては、空き部屋に泊めてあげる人が旅館業法の無許可営業として刑事罰に課されるときの幇助犯として評価される可能性、ということになります。また、民泊で問題が起こった場合に世間から非難されるといったレピュテーション低下のリスクが考えられます。

そのうえで、このリスクを評価します。そのリスクがどの程度重大なものなのか、何か対処が必要な程度に重大なものであるか、といった評価です。そして、この評価に応じて、リスクを管理可能な範囲となるまで一定の措置を講じます。この措置をどの程度講じるべきかは、リスクをどの程度と評価したかということと、リスクの発現を防止するためにどの程度の措置が必要であるかというその事業者自身の判断によって変わってきます。

全ての空き室の提供者に対して、簡易宿所の許可をとらせるという措置をとる事業者もいるでしょうし(旅館業法はあくまでそれを「営業」として行う人のみ許可を取る必要があるといっているだけですので、法律はここまでやれとは言っていないわけですが、そういうコンプライアンスの方法もあるということです。)、空き室の提供者に対して、営業として行う場合には簡易宿所の許可を取ってくださいということを告知するような対処をする事業者もいるでしょう。さらに、これはむしろ法律が現代社会に適合していないということで、法改正のための活動に経営リソースを投じるという事業者もいるでしょう。リスクベースアプローチからするコンプライアンスからすれば、自らリスクを特定、評価した上で、それに対する適切な対処を講じている以上は、どれを行うかはそれぞれの事業者が自らの責任で決めることです。

そのやり方が世間の範や期待から大きくずれていれば、その事業者は批判されるでしょうし、その声を無視していれば、無許可営業幇助として警察権が発動する可能性があるということです。自らの責任で決めたコンプライアンスの対処方法に対して、その結果を自ら受け止めるというアタリマエのことです。

こうしてみた場合の「適法性」というのは、最終的な適法性はあくまで司法が判断するという大前提のもとでの、事業者自身が採用する、関連する法令に自らの事業が適合しているという主張(アーギュメント)のことを意味しています。そのアーギュメントが荒唐無稽の独自説であれば、世間を説得することはできず、世間の批判を浴び、警察権を始めとする行政権の発動までいくかもしれません(ちなみに、行政権の発動という事態を最終リスクの発現と見なければならないのかというと、必ずしもそうではありません。「行政」という、法律の最終解釈権を持たないものの、公共の福祉を守るための機関が採用する主張(アーギュメント)ないしポジションに過ぎないともいうことができるからです。そうしたコンプライアンス戦略を立てる事業者は、最終の決戦は法廷での勝負に持ち込み、勝つことに見定めているということになるでしょう。)。その意味で、ビジネスの「適法性」の確保というのは、ビジネスが適法であるということについての説明可能性、アカウンタビリティのことを言うのだ、ということができるでしょう。

コンプライアンスリスクも、様々なリスクと同様の方法で管理されるべきものにすぎない

ビジネスとはもともと様々なリスクと隣り合わせにあります。金融業であれば信用リスク、為替や金利などの市場リスク、オペレーショナルリスクといったものがあります。ビジネスを行うときには、自らのビジネスが何のリスクにさらされているのかを特定し、そのリスクがどの程度の重要性を持つものなのかを評価し、それを管理可能な範囲に収めるための軽減策を企画して実行します。これを行ったり来たりしながら行うことで(海外ではiterativeと呼んだりしますが、製造業の品質管理のDNAを持つ日本人にはPDCAと言ったほうが通りが良いでしょうか)、リスクを動的に管理するというのがビジネスです。

このことは、コンプライアンスについても全く同じです。コンプライアンスリスクというのは、自らが取る行動が世間の範(のり)や期待とずれてしまうことにより発生する企業価値にとってネガティブなインパクトが発生する可能性です。これは事業運営に伴うリスク(オペレーショナルリスク)の1つとして位置づけられ、その管理は上記のリスク管理に関する一般の方法と同じアプローチで行われるべき、というのが世界でのコンプライアンスのものの考え方だと思います。

日本は、コンプライアンスリスクについて、こうした動的なものであって適切に管理していくものであるという考えがとても薄いように思います。あたかも法律というのが明確な線引を決めてくれて、よく分からないものは役所に事前にお伺いを立ててお墨付きをもらってからやるのがコンプライアンスだと誤解しているように思います。もちろん、こうしたコンプライアンスも、リスクを最小化する方策として1つの方法であり、これが一概に否定されるべきであるということではありません。役所からのお墨付きがあれば、自らリスクを特定したり評価したり、軽減策を考えたりするといった能動的なリスク管理をしなくてすみますし、仮にそれが世間からずれていておしかりを受けたとしても、「役所に事前にお伺いを立てて進めている」といえば、自らのへ責任追及の矛先をかわすことができます。

コンプライアンスリスクの管理方法は、千差万別だ

産業競争力強化法という法律があります。

この法律は、法令適用の不明確な部分について、それが不明確なので特定のビジネスができないという事業者に対して、経済産業省が担当となって、その法律を所管している省庁の担当者と協議して、特定のビジネスの適法性について明らかにするという、グレーゾーン解消制度というものを採用しています。

また、特定の法律への抵触によって、実証実験ができないという事業者のために、やはり経済産業省が所管官庁に掛け合って制度の例外を作ってもらって、実証実験ができるようにするという、企業実証特例制度という仕組みも備えています。

これらはどちらも、役所に動いてもらって、事前に適法性を確保するための仕組み、もっといえばグレーのものをシロにする、クロのものを制度改訂によってシロにする、そういった類のコンプライアンスを支援する仕組みです。先ほど説明した行政の「お墨付き」を得るというコンプライアンスリスクの管理策の延長線上にある仕組みということができるでしょう。

しかし、これだけがコンプライアンスリスクの管理方法であると考えることは間違いです。

通信環境の整備やハードウェアの累乗的な性能強化を背景に、インターネットが社会に浸透するとともに、ディープラーニング技術によるAIのブレークスルー、ブロックチェーン技術による認証と帳簿の分散管理化が進んでいます。こうした状態は、これまでの法律は一切念頭に置いていません。そうしたなかで、既存の法律が適用されるのかどうか、またそれがどのように適用されるのか、そんなことは役人が知るよしもありません

行政府というのは、法律を執行するのが仕事です。法律が全く想定していない事態に対してどのように対応すべきかを考えるのは行政府ではありません。法令やルール制定の過程を経て、民主的なプロセスによって決められるべきものであります。

それにもかかわらず、従来の「お墨付き」によるコンプライアンスを押し通そうとするのが、多くの日本企業が今行っていることではないでしょうか。

本来は立法を始めとする民主的な過程によってやるべきことを、権限を持たないかわいそうな役人(それは多くの場合、フロントに立つ若手の行政官です。)に、これを適法と判断しろと迫っても、彼らは困ってしまうだけです。適法であるなどと言ってしまって、それが実はそうではなかったということになれば、自分ではとても責任を取ることができないのが彼らの置かれた立場です。

そうした中で、彼らが採ることができる唯一のポジションは、「違法である可能性がある」というポジションです。なんとなれば、彼らはその場面でこれを「適法である」と判断するインセンティブはゼロだからです。担当行政官は、その事業の当事者でもなく、その事業が推進されることで彼らが昇進するわけでも儲かるわけでもない。むしろそれを「違法である可能性がある」と言うことで、それが前に進まないのであれば、彼らのキャリアにはそれは何のインパクトも与えません。ましてや、もともと安定的な生活を送ることを希望して公務員になるのです。なぜ彼らに対して、「適法である」などと権限外のことを強要するような形で、コンプライアンスを行おうとするのでしょうか。

僕はゲーム理論の専門家ではありませんが、民間側と行政担当官のゲームを仮定すると、どうみても行政担当官が「違法である可能性がある」と言う、というところがこのゲームの均衡だと思うのです。

日本版レギュラトリー・サンドボックスの焦点

このゲームの均衡は、民間事業者にとって不幸であるだけではなく、日本の公益にとっても不幸な事態を招きます。

民間事業者は、法令を遵守しながらイノベーティブなビジネスをしたい。日本政府としても、総論としてそれには賛成している。行政の現場は、自ら所管する法令の執行を日夜真面目に行っており、利用者保護などの観点から、過去に積み上げられたレギュレーション、解釈集、通達、ガイドライン、監督指針などを忠実に当てはめて仕事をしている。法令が想定していない事案が行政の現場に持ち込まれる。真面目な行政の現場は、これまでと同様、過去に積み上げられたレギュレーションや通達、ガイドラインをもとにこれを判断しようとするが、どう読んでもこうしたものが許されるということが書いていない。行政の判断に対してチャレンジをしない日本企業を前にして、適法であると判断する権限のない行政官は「違法である可能性がある」と言わざるをえない。

真面目に職務をこなせばこなすほど、行政官はイノベーションを阻害してしまう。この構図は、大企業がイノベーションを推進することができない構図と実は全く同じです。

既存の事業を破壊する可能性のあるイノベーションに対して、大企業が取るべき方策として、会社の長期的な成長に対して株主にコミットしているシニアマネジメント(CEOやCFO、CSO(chief strategy officer)など)をトップに据えて、既存の決裁ラインとは異なるところに、トップ直属の小さなイノベーション先端組織を創る、という方法があります。この組織では、オープンイノベーションを旨として、企業内に存在しない知見や技術を持つスタートアップと積極的に連携し、時には会社の採用しているメイン戦略と矛盾するような事業を企画したり、そのような事業に投資したりします。こうして会社の戦略を大きく変えていくためのシーズを会社に用意しておくことで、メインの戦略を支えるビジネスモデルが、破壊的イノベーションによって無効化されてしまっても、そこから慌てて新しい戦略を考えるのではなく、小組織で作っておいたビジネスを核として、新たなビジネスモデルへの転換のために、既存のリソースの配置換えを迅速に進めていくことができる、という戦略です。

こうした方法をサンドボックス戦略などと呼んでいますが、これの行政版がレギュラトリー・サンドボックスのあり方だと思います

大企業のサンドボックスは、通常の決裁ラインにあげていけば必ず潰されてしまったり歪んでしまったりする、破壊的イノベーションのアイディアを、なんとか企業内に事業のシーズとして残すための方法論です。そのために、第一に、長期戦略に対して株主に直接コミットするシニアマネジメントをトップとする少組織を作ります。そして、この小組織は、そのトップマネジメントと直結する決裁ラインを持ちます。この小さな組織は、オープンイノベーションを旨として、新たなビジネスモデルを創造するための試行錯誤を行います。

イノベーティブなビジネスというのは、決して理論では生まれてきません。なぜなら、ユーザーが何を望んでいるのかは、ユーザー自身ですらも知らないからです。それをなぜ供給者にすぎない企業が事前にわかるというのでしょうか。そうすると、正解にたどり着く確率を最大化するための最適戦略は、可能な限り効率的に、試行錯誤の回数を増やすということにあります。多くの失敗(うまくいかない方法の発明)を可能な限り低コストで実現するため、小さな組織で、高速のPDCAを回すことで、早く、効率的に、正解に辿りつく確率が高まります。

レギュラトリー・サンドボックスも、全くこれと同じです。レギュレーションをどのように改訂すればいいのかなど、誰にも事前にはわかりませんとにかく民間事業者が可能な限り多くの試行錯誤を高速に実現することができるようにするため、日本の国益増進について政治家に対して直接コミットしている所管官庁の幹部人材をトップに据えます。この幹部人材のもとに、従来の所管課室とは異なる決裁ラインを引き、イノベーションを担当する小組織(イノベーション推進室)を直属させます。イノベーション推進室にかかった案件は、従前のガイドラインや通達に縛られることなく、幹部人材のイニシアチブのもと、案件を進めることができることにします。

それが可能な根拠も、リスクベースのアプローチです。すなわち、イノベーション推進室に持ち込まれる案件は、期間が限定されており、対象者数も限定されており、それぞれの対象者には事前にリスクが説明され明示的な承諾を得ています。案件をサンドボックス化することで、仮にうまくいかなかったとしても、これによる影響をサンドボックスの中に限定することができます。つまり、リスクが限定されているのです。リスクが限定されているサンドボックスで実験をすることで得られるメリット、つまり、そのビジネスがうまくいくのか行かないのか、その規制が必要なのか必要でないのか、別の規制が必要であるのかを発見することができるメリットは、サンドボックス内で期待された効果が出なかったことによるデメリットよりも、明らかに上回ります。日本でよくある「関係のない第三者が批判のために批判する」という残念な展開も、サンドボックスであれば、ある程度抑制できるでしょう。なぜなら、「やりたくない人はやらなければいい」からです。

また、イノベーション推進室の担当官のミッションも法令上明確にするべきでしょう。ゲーム理論の均衡を変えるためには、ゲームを変えなければなりません。そのためにとても重要なのは、担当官がイノベーションを推進することで得られる「利得」が大きくなることです。そのためにも、きちんと組織を法律で位置づけてミッションを明確にし、そのミッションを果たしたことによって担当官が評価されるという仕組みが不可欠です。ここでのミッションは、「実験を成功させる」ことにあるのではなく、「実験が成功しようとも失敗しようとも、そこから得られる規制改善へのインサイトを可能な限り多く得ること」にあります。

あとは、これを実現するための法的な枠組みをどのように作るかということになります。

行政法の世界では、行政の羈束力という議論があり、この議論をどうやって乗り越えるのか、といった課題はあるでしょう。けれども、法令レベルでそのような枠組みを作ることによって対応すれば、この議論は乗り越えられるはずであると確信しています。

リスクベースのコンプライアンスの基準

レギュラトリー・サンドボックスの議論から、民間サイドのリスクベースのコンプライアンスの議論に戻ります。

リスクベースでのコンプライアンスは、コンプライアンスリスクをその他の事業リスクと同様のものと見て、これを自ら管理可能な範囲に留めておくための措置のことをいう、ということをご説明しました。また、このようなコンプライアンスにおける「適法性」とは、ある企業活動が法令に適合しているということに対する説明可能性、アカウンタビリティの問題に帰着するということもご説明しました。

では、このアカウンタビリティの基準は、どこにおけばよいのでしょうか。つまり、民間の事業者は、どの程度まで法令に適合しているといことを説明できれば、コンプライアンスのために適正なプロセスを踏んだということになるのでしょうか。

この点、シェアリングエコノミー中間報告書33ページには、以下の記述があります。

サービスの提供・利用が明らかに法令違反となるのであれば、提供者も利用者も信頼してサービスを提供・利用できないし、当該サービスの持続可 能性に対する不安からその発展が見込めない。シェア事業者においても、まずは 自らが行おうとしているビジネスの現行法上での評価を正しく行っておくこと が出発点である。

シェアリングエコノミーは、現在進行形で進展しており、変化のスピードが速 く、従来想定していなかったような技術の活用を伴うものであり、既存の法令の 適用関係を行政が適時適切に判断することには困難が伴うことも想定される。 したがって、早期のサービス導入に当たっては、法令との関係について、シェア 事業者は弁護士等を活用して適法性を確認することも適当と考えられる。

そこで、提供者や利用者が持つ信頼性(コンプライアンスや持続可能性に対する信頼を含む。)に係る不安について、シェア事業者のアカウンタビリティを高 め、法令違反に係るレピュテーションリスク等を低減させる観点から、シェア事業者は、自らのマッチングプラットフォームを通じて提供されるサービス及び 当該マッチング行為について、弁護士等の活用による明らかな法令違反の調査及び法令違反とならない根拠の明確化 を行うことが適当である。

引用箇所に述べられている内容は、これまで僕がお話してきたリスクベースのコンプライアンスという内容と整合しています。そのうえで、シェアリングエコノミー中間報告書は、

「明らかな法令違反」がないかどうかを調査すること

法令違反とならない根拠を明確化すること

以上の2つを民間で行うことによって、コンプライアンスの確保のためのアカウンタビリティは果たすことができる、という立場を採っています。

コンプライアンス・バイ・デザイン

②の「法令違反とならない根拠の明確化」は、第一に、コンプライアンス・バイ・デザインとでも呼べる方法を念頭に置いています。つまり、サービスをどのようにデザインするかは、事業者が自ら決めることができます。法令調査の結果、サービスをこのように作り付けてしまうと明らかに違法になってしまうから、ここはこのように作りつけよう、ということは事業者が自由に設計することができるという発想です。

そのうえで、根拠の明確化を求めるのは、「明らかな法令違反の状態ではない」ということを確保するための手法と考えられます。

「明らかな法令違反の状態ではない」というのは、合理性の基準とも言いかえることができます。合理性というのは文章を書くことによって検証することができます。古典的な例は判決書です。判決書というのは、結論に至った推論の過程を文章に落とし込むことで、その合理性を確保するための技術です。もしどこかに論理の破綻や不合理な前提があれば、文章はそれ自体合理性を欠くものとなり、第三者がこれを検証することができます。

法令調査によって法令の内容を明らかにし、それとの乖離度合いを見ながらサービスをデザインし、法令適合性に照らしたサービスの落着点を合理的な文章によって明確化していく、こうしたサービス開発態度によって、リスクベースでコンプライアンスを確保したビジネスを創ることができる、というのが、このシェアリングエコノミー中間報告書がコンプライアンスに関して最も言いたいことであると思います。

日本、イノベーション大国へのカギ

役所に事前にお伺いを立て「お墨付き」をもらったり、グレーゾーン解消制度を使ってグレーをシロにしたり、企業実証特例制度を活用して例外規定を作ってもらうことで、コンプライアンスを確保するという方法もあることは事実です。

しかし、こうした方法は概して時間がかかります。それは先ほど見たように民間と現場の行政官の間のゲームが、イノベーション阻害的な着地で均衡するからです。これは行政官が法令に従い職務を忠実に執行すればするほど、顕著になります。

それを変えるための一手として、日本版レギュラトリー・サンドボックスの導入という方法があるわけですが、そのほかにも民間がイノベーションを進める方法はあります。

それが、リクスベースのコンプライアンスです。民間ベースで「明らかな法令違反がないことを調査」し、法令違反とならないようにサービスをデザインすること(リスク軽減措置のサービスへの埋め込み)で、「法令違反とならない根拠」を明確に説明することができる状態を確保することを通じて、イノベーションに伴うコンプライアンスリスクを、管理可能な状態に置くことができるのです。

こうしたダイナミックなコンプライアンスに習熟することが、日本企業がこれからイノベーションで勝ち上がっていくために不可欠なスキルだろうと思います。

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