普通株式と種類株式の価格差の税務上の取扱い
種類株式発行後の普通株式の価格は?
日本でシリコンバレーのように普通株式と種類株式の間で価額に差を設ける実務がとられていないことに関し、もっともよく語られているのが「税務上の理由」です。
これについてしばしば語られるのが、ベンチャー企業の創業者が会社設立後、会社に知的財産を移転し、これによって会社の価値が高まったものとして、VCに対し、創業者の引受価額よりもかなり高い価額で増資を募ったところ、会社に対する受贈益の有無が問題となった事例です。これは、投資家が高い引受価額を支払ったのは、それだけ知的財産に価値があったからであり、会社は本来であれば創業者に対して支払うべき知的財産に対する対価が支払っていない以上は、その分につき受贈益が生じるのであるという理屈によるものです。なお、この権では、知的財産の対価は、将来事業化に成功したときに創業者に対して支払うものとして約束していたという事情がありました。
この件については、知的財産の対価額とその支払い方法の合理性や、知的財産の客観的価値とこれを譲り受けた会社の価値評価の一貫性といった点が重要であったと説明されており、普通株式と種類株式の議論にどの程度の示唆を与えるものであるのか不明ですが、創業者に関する税務の話として取り上げられることがありますので、ご紹介いたします。
なお、ベンチャーファイナンスについて、普通株式の引受価額が有利な発行価額であったというとらえ方をした場合、ベンチャー企業側は資本取引として課税されず、引き受けた創業者は時価と取得価額の差額につき一時所得として課税されるという理屈がありうるかもしれません。しかし、この結論をとるためには、普通株式の価額と種類株式の価額に大きな差をつけることはできないという前提が成り立たなければならないように思います。
この点、現行の税務上、種類株式の評価について一般的な取扱いを定める規定は存在しないといわれており、第三者間取引性が担保されているのであれば、原則として普通株式の評価を参考にしつつ、種類株式ごとに当事者間の協議で決定された結果が優先されると考えられているようです。
種類株式の評価に関する議論の謎
日本の種類株式の評価をめぐる議論で管理人がいまいちよく分からないのは、上記のような事例や解説で色々と説明されている一般論はそのとおりであるとして、これまで管理人がご説明してきたようなさまざまなアレンジメントを組み込んだ種類株式と創業者普通株式について、税務上、本当に価格差が正当化されないのかという点です。
すなわち、ベンチャー企業をとりまく関係者、端的には創業者と投資家は、いずれも株式の取引が客観的に合理的なものとして行っています。現に創業者の普通株式は4年間の買戻権が付されており、創業者は株式を確定的に取得したものではありません。また、優先株式には、M&Aによって株式の潜在価値が実現した場合に、みなし清算条項により普通株式よりも多額の会社価値が分配されることとなっています。特に、この残余財産分配に関する優先権のアレンジメントは、アーリーステージで企業価値が大きくないときには、その時点で清算がなされれば企業価値の大半を優先株主が保持する内容となっています。これは、創業者が引受けた普通株式について、その引受価額が正当化され得るものであることはもとより、優先株主である投資家から普通株主である創業者への価値移転も生じていないことを端的に示すものにほかならないように思われるところです。
ともあれ、種類株式の評価実務が固まっていないことは事実ですので、創業者としてはこの点について認識したうえで、生じうる不利益がどの程度のもので、どの程度の可能性があるものなのか、そのリスクは管理可能なものなのかといった点につき、場合によっては税務の専門家に相談しつつ、評価・検討しておくことが有益といえるでしょう。
ストック・オプションの行使価格に関する近時の展開
2011年10月4日、経済産業省が国税庁との間で、以下の点につき確認したとされています。
1株当たりの価額に関して、未公開会社の株式については、「売買実例」のあるものは最近において売買の行われたもののうち適正と認められる価額とすることとされていますが、普通株式のほかに種類株式を発行している未公開会社が新たに普通株式を対象とするストックオプションを付与する場合、種類株式の発行は、この「売買実例」には該当しません。
これは、種類株式発行後の税制適格ストック・オプションの行使価格は、種類株式の発行価格を考慮せずに考えることができることを示したものと思われます。税制適格ストック・オプションの行使価格はオプション割当時の一株あたり価格以上とされ、そこに種類株式の発行価格を考慮しなくて良いとすると、行使価格は原則として普通株式の価格を参照すればよいということになるかと思います。税制適格ストック・オプションの行使価格が割当時の一株あたり価格以上とされている趣旨は、割当時にインザマネーとなっていてはならないというものですから、このような行使価格で税制適格を認めたということは、割当時の普通株式の価格は種類株式の価格と異なることを認めたということに等しいように思われるところです。