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2015.11.26

優先株式の基礎

なぜベンチャーファイナンスに優先株式を使うのか

優先株式とは

日本の会社法では、以下の事項について内容の異なる種類株式を発行することができるものとされています。
① 剰余金の配当
② 残余財産の分配
③ 議決権制限株式
④ 譲渡制限
⑤ 転換請求権
⑥ 一斉(強制)転換条項
⑦ 全部取得条項
⑧ 拒否権条項
⑨ 役員選解任権

投資家が取得する優先株式とは、要するに創業者が持つ普通株式よりも優先取扱いされる、普通株式とは「内容の異なる株式」ですので、上記の種類株式の規定を用いて、優先株式の内容を決めていくことになります。

優先株式を設計する際に利用するのは、上記のうち①②⑤⑥⑧⑨です(譲渡制限は普通株式を含めてすべての株式につきます)。

優先株式については、複雑な議論も多く、語れば尽きないところではありますが、このサイトは起業家の皆さんにベンチャーファイナンスの要諦を知ってもらうためのサイトですので、起業家の皆さんが知っておくべき重要な点を説明していきます。

なぜ優先株式を使うのか

まず、なぜベンチャーファイナンスで優先株式を使用するのかについてご説明します。

日本では、かつて、ベンチャーファイナンスにも優先株式はあまり使用されていませんでした。これは、当時の優先株式のルールが厳格で使い勝手が悪かったことが原因とされています。平成17年に会社法が制定され、優先株式の使い勝手の悪さという問題は大きく解消されたことから、現在では広くベンチャーファイナンスに優先株式が利用されています。

ベンチャーファイナンスに優先株式を利用する理由はいくつかありますが、管理人が重要だと思う順にこれを説明します。

(1) 創業者のフリーライド防止(投資家の優先権確保)

創業者利益発生のメカニズム」では、ベンチャー企業の企業価値の増え方を風船に、株式価値をパイのスライスに例えてご説明しました。そこでは、すべての種類の株式が同じ価値であることを前提にご説明していました。
実際、株式がめでたく公開されると、すべての優先株式が強制的に転換されて普通株式になるように優先株式を設計しますので*、株式が流動性を持ったときのことを考えると、潜在的には「すべての種類の株式が同じ価値」と考えることは間違っていません。

* 転換比率は1:1で作りつけます。希釈化防止条項がトリガーした場合はこの比率が変わってきます。

けれども、強制転換がされる前はどうでしょうか。

優先株式には、上記②にあるとおり、残余財産の優先分配の条項が定められており、この条項は、ベンチャーファイナンスのもう一つのエグジットであるM&Aの場合にも、残余財産の優先分配条項に従った優先権で、企業価値を株主間で分け合うこととしています。

つまり、ベンチャーファイナンスでは、株式の価値は以下のとおり条件によって2通りの計算で算出されるということになります。
(a) IPOまでたどり着いた場合
すべての株式は同一の価値となり、(一株当たり価値)=(時価総額)÷(総株式数)となる。
(b) IPOまでたどり着かなかった場合
優先株式と普通株式ではパイのスライスの大きさが異なり、その大きさは、それぞれ、企業価値を残余財産の優先分配条項に従って分配した場合の優先株主の取り分と普通株主の取り分となる。

このように株式が条件によって異なる価値になることに奇妙さを覚えるかもしれませんが、そのようなことはデリバティブの世界では日常茶飯事です。普通株主である創業者と優先株主である投資家は、企業価値が現金化したときの取り分をめぐってデリバティブ取引を行っているのだと管理人は大括りに理解しています。

このデリバティブ取引の勝ち負けは、現金化時点の企業価値と残余財産の優先分配条項がどのように作りつけられているかによって決まることになるかと思いますが、少なくとも初期の段階では優先株主に対する分配が多いはずです。

実例で考えてみましょう。会社設立の際、創業者が普通株式を1株10円で10,000株取得したとします。その後投資家がA種優先株式を1株100円で5,000株取得したとします。このA種優先株式には、残余財産分配請求権として、普通株主に先立って1株あたり200円が分配され、更に残額につき普通株式と同様に分配を受けられることになっていたとします。この時のポストマネー・バリュエーション(投資後の会社の価値)は、投資家が1株100円で購入していますので、
100円 ×(10,000株+5000株)= 1,500,000円
となります。ここですべての株式が普通株式だったと仮定した場合、1株あたりの価格は投資家の取得価格100円ですが、上記の優先分配条項に従えば、
投資家にはまず200円×5,000株=1,000,000円が分配され、
残り500,000円を投資家と創業者でパリパスで分けますので、
投資家には500,000円 ÷(10,000株+5,000株)× 5,000株 ≒ 16,7000円
創業者には333,000円が分配され、
結局、
創業者:333,000円(1株あたり33円)
投資家:1,167,000円(1株あたり233円)
ということになります。

投資家の投資が普通株式だった場合に比べて創業者株式の潜在的な価値が抑えられていることが分かります。このような条件であることによって、投資家は当初の創業者株式の取得価格を安くしたファイナンスストラクチャーを許容することができていると考えられます。

なお、上記の価格は企業価値を創業者と投資家でどのような割合で持っているか、いわばパイのスライスの大きさを示したものに過ぎず、このような価格で売却できるということを意味するわけではありません。創業者と投資家は、あくまで将来売却することができたとすればどのような取り分となるかについての約束を保有しているに過ぎず、その意味で保有株式の価値は潜在的なものということができるかと思います。

(2) ストック・オプションの実効性確保

ストック・オプションは、保有者である従業員がこれを行使することによって普通株式を取得することができる権利です。保有者は、ストック・オプションを無償で割り当てられ、行使時に行使価格を会社に払い込むことで、普通株式を取得することができます。このストック・オプションが税制適格要件を満たすためには、行使価格はストック・オプション割当時の普通株式の価額以上でなければなりません。

ここで、ストック・オプションの割当ての時点でもし投資家に対して優先株式ではなく普通株式を発行していた場合、投資家に対する株式発行後ストック・オプションの割当て前に激しい企業価値の毀損がない限り、ストック・オプションの行使価格は、投資家に対する普通株式の発行価格よりも高くなければ税制適格要件を満たさないことになります。投資家と同じだけの価格を払わなければ株式を得られないのであれば、これはスタートアップ企業の従業員に対するインセンティブとして十分ではないと言わざるを得ません。

これに対し、投資家に対して割当てられる株式が優先株式の場合、先ほど(1)でご説明したとおり、普通株式の潜在的価値は優先株式の潜在的価値よりも相当程度低く抑えられます。これによって、ストック・オプションの行使価格を抑え、スタートアップ企業という極めて不確実性の高い企業に優秀な人材を惹きつけるための重要なツールとすることができるのです。

現に、シリコンバレーでは、起業から間もないスタートアップ企業では、普通株式の公正価額(=ストック・オプションの行使価格)は、その時点で発行されている優先株式の1株あたり発行額の10分の1程度が目安とされてきました。この実務は2006年ころから修正され、行使価格は割当て時点の企業価値を算出し普通株式の公正価額を算定することによって導く実務になっていますが、いずれにせよ、優先株式利用の実務的な理由として、ストック・オプションの魅力の維持というのは重要な要素になっていると考えられます。

(3) 稀釈化防止(優先株式の価値の維持)

優先株式から普通株式への転換比率は、当初1:1で設定されます。転換比率は、その後の企業の成長が順調に進むかぎり変化しませんが、いわゆるダウンラウンドファイナンス**を実施する場合には調整されます。

** ダウンラウンドファイナンスとは、新ラウンドで従前の発行価格を下回る発行価格で投資家に株式を発行することによる資金調達を言います。

詳細は別にご説明しますが、ダウンラウンドを行うと、既存の優先株式が稀釈化され価値が低下してしまいますので、これを防止するために、一定の算式に従って転換比率が調整され、例えば1:1.2となります。これによって、普通株式ベースでの持株数を増やすことで、エグジットの際の既存投資家の取り分を保全しようとするものです。このようなアレンジメントが可能なのは、優先株式に転換権・転換条項がついているからにほかなりません。

(4) ベンチャー企業のモニタリング等

優先株式に拒否権を付することで、優先株主の投資価値に重要な影響を及ぼす事項について、資本多数決に負けずに投資家の権利を保護することができます。また、取締役選任権を得ることにより、取締役としてベンチャー企業のモニタリングを実施することができることになります。

これらも重要な権利ではありますが、普通株式で投資した場合でも、投資契約や株主間契約によって契約上担保することができるものです。***

*** 株式の内容となっている場合と契約上の合意とでは、違反の場合の効果などが異なる といった相違はあります。しかし、いずれにせよ仕組み上権利を保持していることは変わらないこと、株式の内容とすることで違反の場合に無効になるといったところで、そのよう な事態が起こり創業者と対立している時点で、投資としてうまくいかなかったということであること、といった理由から、この点をもって種類株のメリットであるというのは、種類株利用による手間を考えると、少なくともベンチャーファイナンスの文脈からは、ちょっとどうなのだろうかという気がします。

 優先株式の中身

以上をおさえた上で、優先株式の中身について見ていきましょう。一番最初に掲げた順番に沿って、それぞれご説明していきます。

優先配当条項
残余財産分配に関する優先権 (1/2)
残余財産分配に関する優先権 (2/2)
転換請求権(1/2)
転換請求権(2/2)
強制転換条項
拒否権条項
役員選解任権

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