転換請求権の入門知識
ベンチャーファイナンスにおける転換請求権は、優先株主の請求によって優先株式を普通株式に転換することができる権利です。会社法のもとでは取得請求権という呼称になっていますが、英語ではconvertibleを用いますので、少なくともベンチャーファイナンスの文脈では、転換請求権という言い方のほうが自然なような気がします。
優先株式と普通株式では、権利の内容として優先株式のほうがシニアになりますので、転換請求権とは、いわばダウングレード請求権です。したがって、合理的な投資家が自らこれを行使するという場面はあまり想定されません。典型的には、事業が行き詰まり資本構成のリストラが必要といった局面で、新たな投資家からの投資を引き出す条件として、現状の優先株式をいったんご破算にするという条件が出され、優先株主にお願いして普通株式に転換してもらう、という流れがあります。なお、優先株式の参加権の有無又は内容によっては、より多くのアップサイドを取るために普通株式に転換したほうが良いという場面も考えられなくはありません。
優先株式の転換は、転換比率(conversion rate)に従って行われます。転換比率は、以下の算式で算出されます。
(転換比率)=(発行価額)/(転換価額)
したがって、優先株式を転換後の普通株式の数-これを優先株式の稀釈化後株式数といいます-は、以下の算式で表されます。
(転換後の普通株式の数)=(優先株式の数)×(転換比率)
ベンチャーファイナンスでは、当初の転換価額は発行価額と同額で定められますので、転換比率は、当初1:1です。
ベンチャーファイナンスでは、一定の条件のもと、転換価額が下方に調整されることがあります。上記の式から明らかなとおり、転換価額が下方に調整された場合、稀釈化後株式数が増加することになります。
転換価額 ↓ ⇒ 稀釈化後株式数 ↑
なお、一般にベンチャーファイナンスでは、転換価額が上方に修正されるのは、普通株式について株式の併合が行われた場合に限定されます。つまり、例えば、IPO前に売出価格を調整するため、普通株式10株を8株にまとめるといったことが行われることがあります。これは、「創業者利益発生のメカニズム」でご説明したパイの例では、1スライスの単位を変えることにほかなりませんので、優先株式も同じ比率で株式をまとめなければなりません。
これを優先株式の内容として表現するにあたって、「普通株式の併合が行われる場合には、併合比率に従って転換価額が上方に調整される」という趣旨のことが、優先株式の発行要項に記載されます。これによって、優先株主の稀釈化後ベースでの株式数は、普通株式の併合の割合に連動して小さくなることになります。
同様に、普通株式が分割される場合や、分割と同様の効果を持つ無償割当てが行われる場合には、転換価額が分割比率に応じる形で下方に調整されます。これによって、優先株主の稀釈化後ベースでの株式数は、普通株式の分割(または無償割当て)の割合に連動して大きくなることになります。
なお、この規定のほかに、株式分割・併合や無償割当てを実施する場合には、普通株式と優先株式を同時に同一の条件で行うべきことを定めるのが一般的です。仮に株式分割・併合や無償割当てを行う場合には、この規定に従って優先株式自体について株式分割・併合や無償割当てが行われ、これによって発行価額自体の調整が行われますので、転換価額の調整とあいまって、転換比率がもとの比率に維持されることが想定されています。
以上が転換請求権の入門編で、ここまでは投資家との間で交渉の余地がないベンチャーファイナンスの前提知識となります。次稿では、いわゆる稀釈化防止条項(Anti dilution provision)と呼ばれる転換価額の調整に関する本論に入ってゆきます。