段階的投資モデルを理解する3つの視点
段階的投資モデルについて正しく理解するためには、3つのことを統合し関連付けて理解する必要があります。
1つめは、投資家であるVCとベンチャー企業との間の一対一の関係としてのガバナンスという観点からの理解です。これは、関係的状態依存型ガバナンスといわれる関係にあることについては、既に前稿でご説明しました。
2つめは、段階的投資に参画する投資家の顔ぶれは、それぞれのラウンドによって異なってくることから、それぞれが会社価値に対する分配にどのようにあずかるのかという観点からの理解です。「創業者利益発生のメカニズム」でご説明した、パイのスライスに関する議論を思い出してください。「創業者利益発生のメカニズム」では、創業者と投資家の間のパイのスライスの大きさについてご説明しましたが、ここでは異なる段階で投資した投資家同士の間でのパイのスライスの大きさについての説明です。
3つめは、以上2つがどのように関係してくるのか、言い換えれば、異なる配分を受ける複数の投資家によるベンチャー企業のガバナンス権限の行使が、いかに調整・統合されるのかという観点からの理解です。これは投資契約のあり方にも深く関係してくる論点ですので、この点を意識しながらご説明します。
異時点における投資家間の投資分配の規律
仮に、ベンチャー企業が、当初に資金調達をした投資家以外から一切投資を受けない、より正確にいうと、当初の投資家がその後ずっと同じ割合でベンチャー企業に投資を続けるということがあらかじめ決まっていて、それ以外の事態は想定しなくてもよいということであれば、投資がベンチャー企業の各フェーズごとに段階的に行われたとしても、各段階の株式の内容は同一でもよいはずです。なぜなら、分配は、創業者・従業員といった普通株主と、同じ割合で投資し続ける優先株主の間での分配になるので、フェーズごとの投資間の優先劣後や分配内容に差をつけても、結局同じ投資家に各フェーズの投資リターンが同じように分配されるだけだからです。
しかし、そのような仮定はあまり現実的ではありません。なぜなら、投資家はそれぞれ将来の見通しが異なる中で投資をしていますし、投資方針や投資ポートフォリオの組み方、ファンド規模や投資年限など、置かれている状況はそれぞれです。したがって、各フェーズの投資家の顔ぶれや投資割合は異なりうることを前提に投資ストラクチャを検討する必要があります。
シード段階でA種優先株式に投資した投資家は、投資の時点では投資先のベンチャー企業が計画通りに開発フェーズをクリアできるのか不確実です。もちろん、その後の販売が予定通り行くのか、売上げを拡大させビジネスをスケールさせる施策がうまくいくのかについてもまったく不確実の状態です。ベンチャー企業が、シードラウンドの調達資金を活用して無事に計画通りに開発を完了させ、次はB種優先株式を募集して、例えばマーケティングのための資金を調達するとします。このとき、B種優先株式の投資家は、開発が無事に終わっていることを前提に、次の不確実性に対して資金を投入します。
この場合、A種優先株式の投資家とB種優先株式の投資家では、A種優先株式の投資家の方が大きなリスクを負っていたことは明らかです。であるからこそ、A種優先株式の方がディスカウント率が高く(すなわち株式引受価格が低額に)なります。
B種優先株式の投資家は、開発が完了している分企業価値が高まっているベンチャー企業の株式を購入しますので、引受価格が高くなります。同時に、投資に際して負担するリスクは、開発が完了している分だけA種優先株式の投資家がシードラウンドで負ったリスクよりも低いはずですので、これに応じてエグジット時の期待分配率も小さくなるはずです。そして、A種優先株式の投資家よりもB種優先株式の投資家の方が許容できるリスク量が小さいとすれば、A種優先株式とB種優先株式の優先劣後関係は、B種優先株式の方がシニアになると考えるのが自然です。この点は、B種優先株式の投資家がいくらのプレマネーバリュエーションを出せるかであるとか、B種優先株式の投資家の投資動機が事業関係を含めたストラテジックなものであるか等によってバリエーションがありますので、論理必然で必ずそうでなければならないというわけではありませんが、モデルとしては、B種優先株式の投資家の方が期待利回りが低く、A種よりもシニアになると言ってよいかと思います。
このように、段階的投資モデルを考えた場合、投資フェーズごとに投資家の顔ぶれや投資割合が異なる以上は、優先株式を多段階的に用いた資本構成になるのはある意味当然ということができると思います。
ガバナンス権限の行使
A種優先株式の投資家とB種優先株式の投資家の顔ぶれや投資割合が異なるという事実は、投資先であるベンチャー企業のガバナンス体制について、深刻な理論的な問題を引き起こす可能性があります。すなわち、ベンチャー企業のガバナンス、更に言えば起業家を中心とする経営陣により執り行われる業務執行の監視・モニタリングは、資金供給者である投資家がこれを行う権限を持つことになるというのが、株主理論に基づくコーポレート・ガバナンス論の帰結です。そうすると、各フェーズにおける投資家のベンチャー企業に対する利害関係が異なる場合、それぞれが各シリーズの投資家の利益を主張して収集がつかなくなってしまうのではないかという疑問が湧いてきます。
この疑問に対しては、理論面と実務面との2つの面からの検討が可能ですので、それぞれにつきご説明します。
理論面からの検討
最劣後の株主権を保有しているのはベンチャー企業の業務執行を担っている創業者であること、及び各優先株主が保有している業務執行に対する権限は提案された事項に対する拒否権にとどまること、に着目する必要があります。
すなわち、優先株主のベンチャー企業の業務執行の意思決定への関与は、原則として経営陣から提案された企業価値に対する重要な影響を及ぼす事項(典型的にはM&Aなどが挙げられます。)に対して、Noを言う権利にとどまり、優先株主には、これこれを会社として行うべきであるという積極的な提案をする権限は、少なくとも法的には与えられていません。
そして、こうした積極的な提案は、最劣後の株主である創業者が原則としてコントロール権を維持している取締役会によって行われます。創業者は普通株主として、会社価値の分配に際して最も劣後しますので、自己の利益を確保しようとすれば、会社価値の分配につき自己よりも優先する優先株主の利益を確保せざるを得ない立場にあります。したがって、取締役会を経て株主に提案される事項は、優先株主の権利を害しない提案となっているはずであると一応は言うことができます。
このように、各株主に与えられた権限の内容から検討すれば、少なくとも理論的には、各シリーズの投資家による経営陣に対するガバナンスが、まったく無秩序に矛盾するような事態は生じづらいということは言えそうです。
(注1)ただし、拒否権を些細な業務執行にわたる事項にまで優先株主に与えるようなことをすると、拒否権をテコに経営陣が望まない提案を株主に対してさせられるという事態が起こりうることには留意が必要です。その意味でも、優先株主に対する拒否権は、優先株主の株式価値を直接侵害するような重要な意思決定に限定することが、経営陣にとっても他のシリーズの優先株主にとっても望ましいということが言えそうです。
(注2)創業者が信認を得ている間は、創業者が取締役会のコントロールを維持できますが、総株式の過半数を保有する株主からの信認を失った場合には、経営を離れることを考えなければならないこと、この場合でも創業者利益の一部にあずかれることについては既にご説明したとおりです。
実務面からの検討
理論的には上記のようなことが言えたとしても、理論通りには行かないのが実務です。あるシリーズの優先株主が自己の利益の確保のために会社全体の利益にとって合理的でない振る舞いをするということはありうることであり、このようなことが起こらないように事前に各シリーズの優先株主間の権利関係を調整しておくことが、VCからの投資を受け入れるにあたっての創業者の心得として重要であると考えます。
具体的には、以下の2点が重要です。
1.適切な株主構成を維持すること
段階的投資モデルで典型的に想定されているのは、1つのリードインベスターとなるVCがいて、各投資ラウンドのリードを取る姿です。VCは自らの投資ポートフォリオを適切に組む必要があることなどから、ベンチャー企業の各ラウンドの資金ニーズに自ら全額は応じないものの、自らが出さない分について、他のVCを連れてくるということが、シリコンバレーでは少なくとも一般的に見られます。この場合、連れてこられるVCは、その投資についてはリードインベスターにガバナンスを委ね、自らは受動的投資家として振る舞うことになります。
ベンチャー企業にとっても、こうして投資家の交渉窓口が一本化されていれば、各投資家の利害の調整に奔走しなくてすみますし、何より投資家との関係構築もリードインベスターであるVCに重点を置いて行えばよいことになります。またこの場合、投資家から出される取締役もリードインベスターから出されることになるのが通常です。
関係的状態依存型ガバナンス理論から言っても実務的に見ても、段階的投資モデルでこのようなリードインベスターの役割をはたすのは、最初のVCラウンドでリードをとったVCということになります。これは、起業家の側から言うと、段階的投資モデルに基づくベンチャーファイナンスを実現するためには、最初に資金を受け入れるVCの選定が極めて重要ということを意味します。実際、シリコンバレーでも、将来性が高いベンチャー企業は、セコイアキャピタルなどの有力VCにリードをとってもらうことを希望します。
逆に言うと、その後のラウンドまでついてこられるかどうか分からないVCや、リードを取って他のVCを連れてきて案件をまとめ上げる力に不安のあるVCは、段階的投資ではないこれまで日本で行われてきたような案件や、受動的投資家として入ってもらう案件ではベンチャー企業の力になってくれると考えられますが、ここでご説明している段階的投資モデルにおけるベンチャーファイナンスのリードインベスターとしては不向きかもしれません。日本では近時、アーリーステージへの投資を重視したVCも多いようですが、シードラウンドを起業家の支援者であるエンジェル投資家ではなく、後ろに投資家を抱えるファンド等の事業体からの投資受け入れを検討している場合には、もし段階的投資モデルを採用するのであれば、これらの点に留意しながらVCを選定するということになるかと思います。
(注)最近シリコンバレーで興隆を見せているY-Combinator型の投資モデルは、転換社債を利用することで、アーリーステージのVC選定の問題が生じないようにしつつ、シードマネーをスタートアップに供給することに成功しています。Y-Combinator型の投資モデルについては、ブリッジファイナンスのカテゴリーで触れたいと考えています。
2.優先株主の権限を適切に設定すること
ガバナンス権限の行使が拡散しないための実務上の工夫としては、優先株主の権限を適切に設定することが重要です。
例えばシリコンバレーの実務では、優先株主の持つ拒否権は各シリーズごとではなく、優先株主全体を1つのクラスとして拒否権行使の是非を判断することとしていますし、その他優先株主の承認が必要な事項は、優先株式の(完全稀釈化ベースでの)総株式数の過半数を保有する投資家の賛成をもって行うような建付けとなっています。
こうした構成を実現するためには、優先株式の内容の設定も重要ですが、それと並んで投資契約の取扱いが重要です。日本でよく見られるアドホックなベンチャー投資では、複数の異時点のベンチャー投資の受け入れに際して、それぞれの投資家とベンチャー企業および創業者(大株主)が、別々の株主間契約書を締結し、それぞれの投資家に対して別々に先買権を約束している例もあるようです。この状態で、例えば仮に大株主が株式を売却することを決めた場合、いずれかの投資家との契約を遵守すれば必然的に他の投資家の契約に違反してしまうという事態が発生しかねません。
このようなことが起こらないようにするため、シリコンバレーでは、最初のラウンドで締結した投資契約に、次のラウンドで新たに投資した投資家を参加させるという形態が採用されています。もちろん、参加に際しては、新たなラウンドの投資家に対して一定の権利を追加して与えるなど、調整が図られることはありますが、投資契約の大きな建付けは変更されません。新規投資家は、既存の投資契約に自らが参加するということになることを前提に、投資前のデューディリジェンスを行い、投資の可否を決定するということになります。
そのようなものとして投資契約があるとすると、起業家にとっては、最初の投資契約の内容が極めて重要です。後に述べるとおり、段階的投資を志向するベンチャー企業は、一番初めの投資ラウンドは、自社からタームシートを提示し、投資契約のファーストドラフトを準備すべきであると管理人は考えていますが、その理由の1つはここにあります。