株式引受契約について起業家が留意すべきこと
ベンチャー投資契約を大きく①株式の引受けに関する契約と、 ②ガバナンス確保のための契約に分けた場合、株式の引受けに関する契約それほど多くの特徴はありません。含まれる条項は、大きく言えば以下の点です。
- 株式の発行と引受けについての合意
- 引受価格の払込みと株式の発行手続き(クロージング)に関する合意
- 当事者の表明及び保証
- クロージングの前提条件に関する合意
- その他一般条項
なお、ベンチャー投資におけるリスクは将来における事業展開の不確定性が主たるものである点で、既に一定の組織構成を備え、確立した収益モデルとキャッシュ・フローが存在する企業への投資とは様相を大きく異にします。けれども、しばしばこの点の違いを軽視して、上場企業に対する第三者割当出資の引受けの場合やM&Aにおける株式買取契約の場合のような「重たい」契約案が投資家から出てくる場合があります。その原因は主としてベンチャー投資の実務につき十分な知見のないアドバイザーにあると思いますが、このような事態とならないようにするためにも、ベンチャー企業サイドから、ベンチャー投資にふさわしい契約案を提示できることが望ましいと思います。
段階的投資を前提としたベンチャー企業に対する株式引受契約を想定した場合の特徴として、シリコンバレーでは複数回クロージングの仕組みが盛り込まれることが多いという点が挙げられます。
つまり、ベンチャーファイナンスでは、タームシートでプレマネーバリュエーションと調達金額の上限を合意し、その条件で投資に応じる投資家を募ることになります。ベンチャーファイナンスはスピーディに話が進む反面、投資家ごとに投資の意思決定のプロセスやタイミングが異なります。例えば、ある投資家は月末に投資委員会が開催されてその段階で投資の正式な意思決定がなされ、またある投資家は翌月半ばの取締役会で投資に関する意思決定をするなどといったことが普通に起こります。この場合、クロージングを複数回に分けてとり行うという実務上の工夫がされています。
ここでのポイントは、特にアーリーステージの場合には、先に入るよりも後から入ったほうがファンディングの不確実性が軽減されるという点です。すなわち、複数クロージングが可能な期間(ウィンドウ)をあまり広く開けてしまうと、投資家の間に不公平が出てしまい、誰も先にクロージングをしてくれないという事態が起きてしまいまうことになりかねません。
ベンチャーファンドを含むPEファンドにおけるファンドに対する投資では、このような投資の先後をタイムバリューとして認識し、金利相当分の差異をつけるなどして調整していますが、ベンチャー企業に対する投資では、ウィンドウピリオドを調整することによって投資の先後関係による不公平を緩和しています。つまり、複数回クロージングを認めるものの、最初のクロージングから一定期間内に最後のクロージングを終わらせなければならないものとします。この期間は、リード投資家との間で決定されますが、一般的には90日とする例が多いように思います。なお、この複数クロージングの仕組みは、日本においても導入することが可能です。
日本の株式引受契約でしばしば見られる例として、株式引受契約に創業者を当事者に加えるという実務があります。
これは、ベンチャー企業と創業者を一体のものと見て、ベンチャー企業に関する表明保証やその他の条項に違反があった場合には、創業者に責任を追及する余地を残そうとする発想から来ています。ベンチャー企業の内容を把握しているのは創業者であること、創業者に連帯責任を負わせることによって、いい加減な表明保証をさせないという抑止力が期待できることなどから、管理人も投資家サイドで契約書を作成する際には、しばしばこうした構成を採用することがあります。
けれども、株式引受契約の本来の趣旨や、創業者とベンチャー企業は異なる責任主体であることからすると、創業者の立場からは、株式引受契約で創業者がベンチャー企業と連帯責任を負うような構成はフェアではないという主張も十分に成り立ち得ます。現に、シリコンバレーでは一般に株式引受契約に相当する契約に創業者は当事者となっていません。
投資家からこのような連帯責任を規定した契約書案が提示された場合に、これをはね返すのは、日本の実務の現状からすると、少し難しいかもしれません。けれども、起業家サイドから創業者が当事者とならない契約案が出てきた場合には、投資家がこれを前提に協議に応じてくれる余地はあるように思います。契約条件をどちらが主体的に提示していくかという話は、こうした細かいリスク分配の話一つについても影響を及ぼしうる話であるといえるでしょう。