優先株式の内容についての補足説明
タームシートの記載事項のうち優先株式関連については、基本的に「優先株式の基礎」の項目にあるそれぞれの項目に必要な事項を記載していますので、まずはそちらをご覧いただければと思います。
ここでは、これらの説明につきご理解頂いていることを前提として、タームシートの解説として必要な事項についてご説明したいと思います。
優先配当条項
ベンチャーファイナンスの文脈では、(i) 優先配当条項は必ずしも交渉の中で重要視されていないこと、(ii) 他方で累積条項が付されていて、転換時の支払いが予定されていたり、普通株式への転換に際して加味されていたりするものについては、後々で一定の意味を持つことがあるため留意すべきことについては、「優先配当条項」の解説の箇所でご説明させていただいたとおりです。
しばしば、何が実務のスタンダードか、と問われることがありますが、これは当事者間の交渉によって決まるとしか言いようがありません。成熟したベンチャー実務を持つ米国でも、例えば累積条項については、東海岸の実務では投資家が要求することが多く、西海岸では要求されないことが多いという傾向があるものの、どちらでなければならないといったことにはなっていないと理解しています。
投資家のスタンスとしては、通常のファイナンスの感覚からは累積条項付きの優先配当を求めるということになるでしょうし、洗練された投資家は、「配当は主たる関心ではないけれども、仮に稀釈化防止条項がトリガーすることなく順調にIPOまでたどり着いた場合には、普通株式と1:1での転換しか認められないので、ここに若干の色をつけて欲しい」という趣旨で、累積未払配当額が普通株式の転換に際して考慮される条項を求めることになるでしょう。
これに対する起業家のスタンスとしては、途中でエグジットに至った場合には、残余財産分配条項に従った会社価値の分配により一定のリターン制限が課されている(「残余財産分配請求権に関する優先権 (1/2)」参照)のと異なり、投資家は他の普通株主と同様の利益を得ることができるのだから、そのような色をつけなければならない理由はないはずである、というものになるでしょう。
優先配当の利率についても、どのラウンドにあるか、また事業がどの程度魅力的かによって様々ですが、シリコンバレーでは伝統的なAラウンドで一般には7から12%、但し6%といった事例も普通に見られるといった印象があります。ただし、利率はその時その時の時流なり投資家のオファーによって(法律の範囲内で)いくらでも動くものですから、この数字をもって実際の交渉の場で云々いうのはナンセンスです。
残余財産分配の優先権
残余財産分配条項については、このサイトの他の箇所で何度もご説明してきました。基本的な考え方とその利害得失については、「残余財産分配請求権に関する優先権 (1/2)」「残余財産分配に関する優先権 (2/2)」をご覧ください。
残余財産分配に関する優先権の定め方で重要なポイントについて少し補足します。
優先権の定め方
優先権の定め方としては、累積配当について定めている場合には、取得価額に累積未払配当額を加算した額と定めるのが最も穏当ということになります。これに対し、厳しい条件の中で資金調達を求める場合には、優先権部分で、取得価額の○倍(例えば2倍、3倍)に累積未払配当額を加算した額と定めることを要請されるということが起こりえます。この話は、参加上限の定めの話とは別の話ですので、混同しないようにしてください。
優先順位
優先順位をどのように定めるかは、各種類の優先株主を交えた既存株主の間での交渉ごとということになります。一般には、ラウンドが進むに連れて優先度が高くなることになります。これは、レイターステージの投資家ほどリスク許容度が低く、取得価額のエグジット価額比との倍率が低い半面、優先して返済が行われることを予定していることに起因します。すなわち、たとえば、A種からD種まで積み上げている案件であれば、優先順位は、典型的にはD種→C種→B種→A種ということになろうかと思います。
参加/非参加条項
優先株を非参加で作りつける場合、優先株主は、IPO以外のエグジットの場面で、優先株式のままエグジットするか、普通株式に転換した上でエグジットするかを考えることになります。つまり、例えば、残余財産分配の優先権について、取得価額相当額が優先的に分配されることになっている場合、事業全体がうまくいかずに会社を安く売却して終了する案件であれば、優先株式のままエグジットし、取得価額相当分を優先的に回収したほうがよいことになります。これに対し、事業が成功して会社が高く売れる場合は、普通株式に転換した上でアップサイドを取りに行ったほうがよいという判断になります。
これに対し、優先株式に参加条項を付ける場合、IPO以外のエグジットの場面では、通常、優先株式のままエグジットを図るほうが投資家にとって有利ということになります(ただし、参加上限が付されている場合については、普通株式によるエグジットと比較する必要があることにつき、下記参照)。この場合、投資家は、①優先分配条項に従った優先額のほかに、②すべての優先株式についての優先分配をした後の残額について、普通株式転換ベースでの持分割合に応じて分配にあずかれることになります。
起業家やストック・オプションを持つ従業員は、普通株主として「すべての優先株式についての優先分配をした後の残額」からしか分配を受けられませんので、この部分につき優先株主が更に分配を請求する権利があると、その分自らの取り分が減っていくことになります。これによる経営陣、従業員のインセンティブの減退を防止するために、普通株式につき、優先株主への優先分配の前に、一定の金額の分配を約束するということが考えられます。この場合の額の定め方としては、(i) エグジット時における1株当たり株式価額、(ii) 優先株ラウンド時の優先株式の価額、(iii) その他の一定の額、が考えられますが、このような条項を認めてくれるかどうかは、投資家との力関係次第でしょう。
参加上限
優先株主が参加することができる金額に上限を定めるものです。上限は、取得価額の○倍と定めることも、一定の金額を置くことも考えられます。
優先株式に参加上限を定めることのインプリケーションとしては、例えば以下が挙げられます。
- 参加額に上限が付されているということは、優先株式の優先分配額にキャップがかかっていることを意味します。企業価値は時間を経て上昇していくことが想定されていますので、キャップがかかっていることにより、優先株式の参加権の経済的な価値は、時間の経過と共に下がっていくことになります。
- 参加額に上限が付されている場合、投資家としては、エグジット価額をもとに計算した分配額が参加額上限の範囲内であれば、優先株式のまま残余財産分配請求権の優先権のメリットを受けたほうがよいことになります。これに対し、エグジット価額が十分に大きく、参加上限を超えていく場合には、転換して普通株式として分配を得たほうがよいことになります。
以上のとおり、参加上限を定めることは、優先株式の分配額の上限を固定してしまうことを意味するものではないことに留意が必要です。優先株主は、常に普通株式に転換するオプションを持っていますので、参加上限にかかるほど高い価額でのエグジットが期待される場合には、普通株式に転換した上で高いバリュエーションの恩恵を受けることができるからです。
なお、参加上限を定める場合の一応の目安としては、取得価額の2倍、33倍といった数値が挙げられることが多いと思います。先述したとおり、これと優先分配額の定めの話を混同してはいけません。
稀釈化防止条項
「転換請求権 (1/2)」「転換請求権 (2/2)」で詳しくご説明したとおりです。どの条件が誰にとって優位となるかについても、そちらに説明済みですので、ここでは繰り返しません。