タームシート解説の4回目は、新株引受権についてご説明します。また、これに関連して、皆さんがしばしば耳にすることがあるかもしれないpay to playについてもご説明することにします。
新株引受権の概要
新株引受権は、ベンチャーファイナンスの文脈では、ベンチャー企業と投資家の間の契約で担保される投資家の権利として規定されます。ここにいう新株引受権とは、ベンチャー企業が新たに発行する株式について、投資家が、その時点の投資家の持分割合に応じて、株式の引受けを請求することができる契約上の権利として定められます。
投資家としては、このような権利を保有しておけば、次回ラウンドが有望なラウンドであれば自らも参加を求める権利が確保される一方で、もし次回ラウンドがあまり望ましいラウンドでなければ、自らは新株引受権を放棄しても何ら問題がないことになりますので、契約締結時には、常にこのような新株引受権を要求するインセンティブがあることになります。起業家としても、既に投資を受け入れている投資家から、その持分割合を維持するための追加投資を拒絶する積極的な理由は見出しにくく、新株引受権に関する条項は、日本のベンチャー投資実務でも、一般的な条項として含まれているものといえます。
新株引受権に関連して、投資家と起業家の間で交渉になるのは、主に以下の点です。
- 新株引受権を保有する投資家は、一定の持株数又は持株割合を保持している投資家に限定されるべきである、という主張が起業家からされることがあります。新株引受権を定めた場合、経営陣である起業家としては、引受権の行使の意向を尋ねる通知を送付し、その判断を待って、新たな投資の割当先を決めることが必要となります。この手続きを、例えば少数の株式しか保有していない投資家にまで行わなければならないとすると、とても煩瑣です。そこで、新株引受権を保有するのは、持株引継の維持に対して特別大きな関心を寄せる大口株主に対してのみ認めるという考えが生まれてきます。この「大口」の基準は、株式数ベースの場合と持株割合ベースの場合とが考えられますが、いずれによるかは、当事者間の交渉によります。
- 新株引受権により新たに引き受ける権利を取得する株式数は、基本的にその時点の投資家の持株比率によることになりますが、この「持株比率」をどのように定めるかは、新株引受権が維持しようとする「持分割合」が支配権を意味するのか経済的な分配割合を意味するのかによって、考え方が異なってくる可能性があります。もし、議決権割合を維持するという立場に立つのであるとすると、投資家が保有する株式の数(持株比率算定上の「分子」)は、その時点で投資家が保有する株主総会の議決権数とし、株式総数(持株比率算定上の「分母」)には、ストック・オプション等が含まれないその時点の株主総会の議決権総数とするのが素直でしょう。これに対し、経済的な分配価値を重視するのであれば、バリュエーションの際に用いた考え方(一般には完全稀釈化後ベースの株式数)を用いるのが素直と言えます。
- 投資家として、例えば、他の投資家が行使しなかった新株引受権につき、行使した投資家の中で更に持株比率に応じて取得することができるというアレンジメントを要求することが考えられます。ベンチャー企業サイドして、新株引受権の総数分は行使される可能性があることは覚悟している以上は、他の投資家が行使しなかった分を別の投資家が取得しても構わないはずだ、というロジックになります。ベンチャー企業としては、もともと持分比率維持が目的であるのに、新株引受権によって持分比率を高める結果になるのは趣旨が違う、といったことを反論していくのでしょう。どちらが絶対的に正しいという話ではなく、純粋に交渉の問題です。
新株引受権の例外
一定の場合に、新株引受権がトリガーしないようにしておく必要がありますが、規定するべき事項は、概ね稀釈化防止条項のトリガーに対する例外の部分と同じとなります。ベンチャー企業サイドとすれば、明らかに既存株主が新株引受権を行使しない文脈でのファイナンスにて、投資家から新株引受権の放棄書をとって回る負担を軽減するため、新株引受権行使の打診を不要とするアレンジメント(例えば、投資家が派遣する社外取締役を含む取締役全員の同意がある場合には、オファーを要しないこととするなど)を要求することには、合理性があると言えます。
Pay-to-Play条項
ベンチャーファイナンスの文脈でしばしば聞かれる条項の中に、Pay-to-Play条項というものがあります。Pay-to-Play条項には色々なパターンがありますが、一定の条件を満たしたファイナンスに対して、投資家が持分割合ベースで参加しない場合には、以後、投資家に与えられている優遇権が喪失するという趣旨の条項です。ベンチャー企業サイドに有利な条項と言えますが、リード投資家がマイナー投資家のフリーライドを防止するためにも導入を要求することがあります。
Pay-to-Playの理念型として想定されている「一定の条件を満たしたファイナンス」は、ダイリューティブファイナンス、すなわち稀釈化防止条項がトリガーするような価格でのファイナンスといえます。このトリガーを投資家としてコントロールするため、投資家が派遣する取締役を含む取締役の過半数がPay-to-Playをトリガーすると決定することが必要、という条件を付け加えることもあります。
Pay-to-Playがトリガーしたにもかかわらずファイナンスに参加しなかった投資家が喪失する優遇権の定めは、色々なパターンがありえます。日本法のもとで素直なのは、投資家にその時点で優先株式の転換請求権を行使させる義務を課す方法(これにより、投資家は以後普通株主となります。)、株主間契約で与えられている先買権や共同売却権、新株引受権などの権利を喪失するものとする方法などが考えられます。
Pay-to-Playで企図されているアレンジメントは、実際にベンチャー企業が苦境に陥った時点で、次のファイナンスを実現するために、新規投資家が既存投資家に対して求めていくという構図で行われることのほうが多いようにも思われます。けれども、必ずしもその場面に限定されるものではなく、予めダウンラウンドファイナンスに備えて、例えば厳しい稀釈化防止条項の導入とあわせて要求していくということが行われてもおかしいものではありません。