先買権・共同売却権・強制売却権
株主間契約の中で確保される投資家の権利のうち、解説が必要と思われるのが、先買権(英語ではRight of first refusalと呼ばれ、しばしばRoFRと略されることがあります。)と共同売却権(Co-sale agreementなどと呼ばれます。)、それに強制売却権(Drag-along rightなどと呼ばれます。)です。算式が記載されるなど、何やら難しいイメージがありますが、コンセプトそのものはそれほど難しくありません。また、日本の実務としても、先買権は一般に規定されており、共同売却権まで記載する 例は必ずしも多くなく、強制売却権までは起業家としても通常は呑めないことにつき投資家も了解しているということで概ね落ち着いているのではないかと思われます。ちなみにシリコンバレーの一般のVC投資実務では、先買権と共同売却権までは一般に規定されているという印象です。
今回とタームシート解説⑥では、それぞれの権利の内容の概観とねらいについてご説明すると共に、交渉・検討の対象となりうるポイントを見ていきたいと思います。本稿では先買権を取り扱い、次稿では共同売却権と強制売却権を取り扱うことといたします。
先買権とは
先買権とは、先買権に服する既存株主が譲渡対象株式を第三者に売却しようとする場合、その売却条件を先買権保有者に告げて、同一の条件で購入する意思がある先買権保有者がいた場合、当初予定してい た第三者ではなく、先買権を行使した者に譲渡対象株式を譲渡するというアレンジメントをいいます。
先買権のもともとの目的は、既存株主が保有する株式の異動の範囲を既存株式内部にとどめておきたいというニーズにありました。その意味で、日本の会社法における譲渡制限条項と類似するコンセプトです。しかし、日本の会社法の譲渡制限は、株式の譲渡先について経営陣の意向を反映させたいというコンセプトが比較的強く出ているのと、法制度として導入することにより執行可能性を確保するために若干“重たい”手続として規定されています。
そこで、ベンチャーファイナンスの実務では、より柔軟なアレンジメントとして当事者間で先買権の合意をすると共に、会社に対して、合意された手続に沿って行われる譲渡については、譲渡承認をすることを義務付けるという建付けをとることで、会社法に定めるデフォルトルールとは異なるアレンジメントを私的に作り出すことにしています。
先買権について議論する際に、手続に従わずに譲渡が行われた場合の執行力について言及されることがありますが、上記のような前提のもとで組まれたアレンジメントであることを考えれば、特にベンチャー実務については、言っても詮ない話であるとも感じます。
先買権の対象者
先買権の第一のポイントは、誰が先買権に服するかという点にあります。
ベンチャーファイナンスで投資家から先買権が求められる趣旨は、以下のとおりです。すなわち、経営基盤が盤石とは言えないスタートアップ企業に投資するにあたって、投資家が特に重視するのは経営陣の頑強さと会社の資本構成です。仮に経営陣や主要株主がその保有株式を売却してエグジットを図るようなことがあれば、投資家としては、持株比率を高めて支配権を強固なものとするか、または敵対的な当事者に株式を売却されることを防止するため、売却対象となる株式を自ら購入したいと考えるはずです。これを可能にする趣旨で、先買権が要求されることになります。
このような趣旨からすると、先買権に服する対象は、創業者や経営陣、その他重要な普通株式保有者が対象となると考えるのが素直です。他方で、各社がファイナンスに至る様々な経緯から、先買権に服する対象として、例えばアーリーステージの投資家が含められたり、場合によっては投資家自身が先買権に服するようなアレンジメントがとられることがあります。また、先買権の上記の趣旨から、ストラテジック投資家が先買権に服するというアレンジメントは必ずしも不合理ではありません。
先買権の対象株式
創業者のみ先買権に服するとしても、創業者のどの株式が先買権に服するかという点は、更に検討の余地があります。すなわち、創業者は、設立時株式を保有するほか、他の投資ラウンドで優先株式を取得することもありえますし、ストック・オプションの行使として株式を取得することもありえます。これらが先買権の対象となるかどうかについては、交渉の余地があります。
投資家のロジックとしては、創業者が保有する以上は、株式の種類や取得のタイミングを問わず先買権の対象となるべきであるということが考えられます。他方で、創業者としては、創業時に安価に取得した創業者株式については先買権の対象となることに異論がないが、例えば投資家と同じ価格で取得した優先株式についてまで先買権の対象となるのは理屈に合わない、また投資時点の保有株式については先買権の対象となることは異論がないが、将来取得することになる株式まで拘束されるのはおかしい、といった具合の反論をしていくことになります。
先買権の保有者
次に、誰が先買権を保有するかという問題があります。
すべての投資家に先買権を与えるというアレンジメントもありうるものの、マイナー投資家に先買権のような権利を与える必要があるか疑問ですし、先買権に関心がある投資家は、それなりの数の株式を保有し、創業者による株式の異動によって大きな影響を被る大口投資家に限られるという考えも合理的です。この場合は、保有株式数または株式保有割合ベースで一定のバーを引き、一定水準以上の株式を保有する大口投資家にのみ先買権を与えるというアレンジメントが考えられるところです。
先買権の内容
更に、先買権の内容はどのようなものかについても、検討の余地があります。具体的には、
- 先買権の一部行使を認めるかどうか
- 1回目の先買権行使後に買取の対象とならなかった株式について、再度の先買権を与えるかどうか
という点が議論となり得ます。
投資家に認められる先買権は、複数の投資家が行使した場合にはその持株割合に応じて認められることになりますが、認められた先買権を行使する場合にはその全部を行使しなければならないか、または認められた範囲内でその一部の行使を認めるか、という問題です。
投資家としては、オール・オア・ナッシングという硬直性を嫌って、一部行使を認めるべきであるという立場に立つことが考えられます。これに対して、創業者としては、買い手は全体を購入することを前提にバリュエーションをしているのであり、一部行使を認めた場合、残った株式など買い手は取得しないはずなので、そのような一部行使はやめて欲しいという立場に立つことが考えられます。
次に、1回目の先買権行使のオファーの段階で、自身が持つ枠全てを使って先買権行使をした投資家に対し、先買権行使がなされなかった他の投資家に割当てられた分の譲渡対象株式について、再度の買取権の行使を認めるかどうかという問題があります(gobble-up right)。
先ほどご説明したとおり、残った株式では買い手候補者として購入する理由がなくなってしまうということがありえますので、1回目の先買権を枠いっぱいに行使した投資家に対し、このような再度の先買権を与え、しかもこれをオール・オア・ナッシング型にしておくというのは、創業者と投資家の双方にとって比較的合理的なアレンジメントといえるように思います。