投資契約に関する事項など
「ベンチャー企業のブリッジファイナンス (1/3)」に引き続き、シード段階のブリッジファイナンスをより良く理解するための足がかりとして、一般のブリッジファイナンスの実務についてご説明します。
ブリッジファイナンスとコベナンツ
コベナンツとは
コベナンツとは約束ごとのことをいいます。お金を借りるとき、元利金とその返済期限について約束すれば、借入れは成立しますが、お金を貸した人からすれば、約定どおりにお金を返してもらうため、借主の活動を制約したり、財務状況をモニタリングをしたいと考えるのは、ある意味自然なことです。お金を借りるときのコベナンツとは、こうした元利金返済までに借主が貸主に対して負っている、事業活動や財務状況に関する約束ごとをいいます。
お金を借りるときのコベナンツは、このように事業活動に関するものと財務状況に関するものとに大きく分けられますが、前者を「オペレーショナル・コベナンツ」、後者を「ファイナンシャル・コベナンツ」ということがあります。
より実践的には、ブリッジファイナンスを行う場合に投資家との間で締結する投資契約等の契約に規定される、会社に対する「縛り」をいうものと理解すればよいでしょう。
ベンチャー企業に対するコベナンツ
ベンチャー企業に対するブリッジファイナンスを行う場合、シリコンバレーの伝統的な実務では、コベナンツを取得することはありませんでした。
これは、ブリッジファイナンスの存続期間が短いこと、株式に転換した場合には、株式投資家として投資家や創業者間の合意書を締結することになること、などが理由としてあげられます。また、コベナンツを設定する以上、貸主としてはそのモニタリングを行うことを前提としているはずですが、細かいコベナンツをモニタリングするようなコストを本当にかけるのか、という経済的な理由もあげられるはずです。
オペレーショナル・コベナンツの例
ブリッジファイナンスで要求される可能性があるオペレーショナル・コベナンツとしては、ブリッジ投資家の事前承諾を得ずに、以下のようなものを行うことを禁止する条項が考えられます。
- 追加的な金融負債の負担
- 第三者に対する貸付・投資
- 組織再編行為
- 重要な資産の処分
- 配当等
- 関連当事者間取引
- 担保提供
その他にも、一定の事項についての事前協議義務や報告義務などの形でオペレーショナル・コベナンツ が盛り込まれることもあります。
ファイナンシャル・コベナンツについて
ファイナンシャル・コベナンツは、様々な指標を用いて会社の健全性を管理するための手法で、指標上の数値基準を維持することを義務付けると共に、一定の期間ごとにそうした指標上の数値を投資家に報告することを義務付けるものが典型です。ブリッジファイナンスでファイナンシャル・コベナンツを要求する投資家は、よほど慎重な投資家か、 (投資)銀行類似の発想を持っている投資家でしょう。
なお、厳密にはファイナンシャル・コベナンツとは異なりますが、財務状況の報告義務ないし財務諸表等の提出義務を課すタイプのものもあります。これは日本でも比較的見られるタイプかもしれません。また、満期が長いものであればこうした条件が入っていてもおかしくはないといえるでしょう。
コベナンツに対する考え方
日本のベンチャー企業に対するコベナンツの考え方は、銀行の中小企業に対する貸出しと比較して検討するのがフェアだろうと思います。
そもそも、借入れの際にコベナンツを設定することの意味は、コベナンツに違反した場合には貸付をデフォルトさせるということにあります。貸付をデフォルトさせるということは、会社を潰すということを意味するわけですが、本当にそこまでのものとしてコベナンツを設定する必要が、ベンチャー企業にあるのかどうかという点が、会社サイドの立場からの議論として考えられるでしょう。
例えば、銀行が中小企業にお金を貸す際には、このようなコベナンツは必ずしも文書としてとっていないこともあるように思います。ただ、これは、銀行との信頼関係はきわめて重要であるということをよく理解した中小企業経営者が、事業活動については極力担当者に説明して、自社の状況を理解してもらうように努めているからこその実務であるともいうことができそうです。起業家としても、あるべき姿としては、スポンサーであるブリッジ投資家と緊密にコミュニケーションをとって、会社の状況をよく理解してもらう努力を継続的に行うことが大切だろうと思います。逆に、そのようなことができる起業家が増えれば、投資家としても敢えてコベナンツをとって管理しようという発想をしなくてもよいということかもしれません。
起業家の皆さんは比較的早い段階から事業に挑戦しますので、銀行とのつきあいかたを理解している起業家の方は少ないかもしれません。そういった諸々の状況を考えると、日本のブリッジファイナンスの実務としては、あまりきつくないコベナンツとして、一定の報告を求める条項などが投資契約中に含まれているということは、それほどおかしくないことだといえるかもしれません。また、日本のVC等は、本気でデフォルトさせるつもりでコベナンツを要求しているわけではなく、一定のモニタリングを確実に行うために情報提供を契約書上で義務付けているだけであるというのが通常だと思います。このような立場は、実際に情報提供が行われることを担保するために、デフォルトと紐付けてコベナンツを取得しているという、投資家サイドとしては至極まっとうな発想だともいえます。
そうすると、投資家と会社の間の落ち着きどころとしては、コベナンツの内容をあまり会社サイドに手間がかからないものにするとともに、コベナンツのうっかり違反がデフォルトに直結しないよう、投資家からの通知後一定期間内に違反状態を解消した場合にはデフォルト事由とならないようなアレンジメントを施しておくというあたりかもしれません。このような猶予期間(グレースピリオドなどと呼ばれます。)の設定は、プロジェクトファイナンスなど、ある程度大規模な貸出案件(シンジケートローン形態での銀行貸出など)で、コベナンツが取得される場合の一般的なアレンジメントと同様ですので、フェアな取引条件の枠内に入るだろうと思います。
劣後条項
劣後条項にはいくつかパターンがありますが、ここではそのようなパターンについての詳細な説明はいたしません。
ただ、もともとエクイティとしての投資を見据えた負債であるという性質論からすると、取引負債と同順位というのはバランスが悪いともいえ、劣後条項を入れて欲しいとお願いすることは、ファイナンスの論理からすると違和感がないように思います。もっとも、まだ取引が発生していないようなベンチャー企業にとっては、取引先を泣かさないという発想は生まれにくいのかもしれません。また、劣後条項は、その作り付けにもよりますが、デフォルトしないということを意味するものではなく、デフォルトした場合の債権者間の弁済の優劣順位に関するものに過ぎませんので、例えば銀行など取得するポートフォリオに一定の条件を満たさなければならないといった規制上の理由がある投資家と付き合う場合はともかく、そうでない場合には、あまり気にならない事項かもしれません。
その他
なお、ブリッジファイナンスでコンバーティブルデットを発行する場合、株式に転換される時点で、ブリッジ投資家は株主間契約に入ってもらうことが必要です。ブリッジ投資家としてもこの点は異存ないはずですので、起業家サイドとしては事前に了承を取り付けておいた方が安心でしょう。