目次
シリコンバレーのシードブリッジ事情
3回シリーズでお届けした「ベンチャー企業のブリッジファイナンス」では、一般的なブリッジファイナンスについて、ファイナンスの条件(1/3)、ガバナンスの条件(2/3)、それからエクイティ・キッカーであるワラントの条件(3/3)を、それぞれご説明しました。
リーンファイナンスモデルを想定したシードブリッジ
今回は、応用編として、シード段階のブリッジファイナンス、それもリーンファイナンスモデルを念頭に置いたブリッジファイナンスについて、シリコンバレーの現在のスタンダードを同時に解説しながら、見ていきたいと思います。
ここでシリコンバレーの例を見るのは、優先株式の場合と同様、ベンチャーファイナンスの中心地で、リーンファイナンスモデルを念頭に置いたコンバーティブルデットがどのような条件で発行されているのかということを知ることで、日本のベンチャーシーンで発行されるものとの比較が可能になるからです。
また、日本のシードラウンドのコンバーティブルデットの作り付けをするにあたって、投資家はシリコンバレーのそれを参考にすることも多いと思われますので、起業家が投資家とファイナンスの交渉をするにあたっては、同様にシリコンバレーの事情を知っておくことは役に立つと思います。
参照するデータのご紹介
米国でのインターネット、デジタルメディア産業のシードファイナンス事情については、Fenwick & West LLPというシリコンバレーの法律事務所がレポートをリリースしています。
2010年と2011年の数字が掲載されており、それぞれのサンプル数は2010年で56件、2011年で52件とのことです。場所は大半がシリコンバレーであるものの、シアトルやロサンゼルス地域の数値も入っていると書かれています。
法律事務所による調査であることから、クライアントである投資家の偏りやサンプル数が十分でない可能性があるなどの留意は必要ですが、もともとなかなか表に出てこない数字なので、雰囲気がわかるだけでも意味があると思います。このレポートについては、ジャパンベンチャーリサーチさんが和訳を公表していますので、日本語でも読むことができます。
ここでは、このリサーチの数字を参照しつつ、シリコンバレーのシード段階のブリッジファイナンスの条件がどのようになっているか見ていきたいと思います。
ブリッジファイナンスの条件
「ブリッジファイナンスの基礎」でご説明したとおり、コンバーティブルデットは①借入れの部分と、②株式への転換に関するあらかじめの約束の部分からできています。そこで、それぞれについて内容を見ていきましょう。
借入れの条件
既にご説明したとおり、コンバーティブルデットの借入れ部分の条件は、以下の要素から構成されています。
- 調達額(元本)
- 利息(利率)
- 返済期限(満期)
レポートによると、調達額(中央値)は2010年で662,500米ドル、2011年で1,000,000米ドル、利率(中央値)は2010年で6.0%、2011年で5.5%であるとされています。
調達額の彼我の差はいまさら言うまでもないですが、利率については多少参考になるかもしれません。ちなみに、管理人が知るかぎり、シードアクセラレータの出す金額は、シリコンバレーでももっと小さいと思います。
よりわかりやすいのが満期で、2010年、2011年ともに18ヶ月となっています。リーンファイナンスのモデルを想定しながら見ると、1年半で価値仮説のバリデーションを行うことを意味しているともいえ、参考になる数値といえると思います。
転換の条件
「ブリッジファイナンスの基礎」では、「満期前に適格資本調達を行う場合に株式に転換する」という基本的な仕組みについてご説明しました。実際に利用されているコンバーティブルノートは、もう少し複雑であることは、「ベンチャー企業のブリッジファイナンス (1/3)」でご説明しました。ここでは、これらの解説を踏まえて、シードブリッジの転換条件がどのようになっているのか、見ていきましょう。
ディスカウント転換価額
「ベンチャー企業のブリッジファイナンス (1/3)」でご説明したとおり、コンバーティブルデットの転換価額は、原則として次の資金調達ラウンドの株式発行価額ということになります。そのうえで、エクイティ・キッカーとして、ワラントをつけて投資家を募るというのが一般的によく見るパターンです。
これに対して、最近のシリコンバレーでのシードラウンドのブリッジファイナンスでは、ワラントによって投資家を惹きつけるのではなく 、転換価額がディスカウントされるタイプがトレンドとなっています。
レポートでは、ディスカウント転換価額型の取引は2010年に67%、2011年に83%とされていますが、管理人が知る限り、シードアクセラレータでディスカウント型を求めない例は稀であると思います。
ディスカウント転換価額とは、次のラウンドで行われる適格資本調達で決定された1株当たり価額の○%で株式を発行するというタイプのものです。どれだけ割り引いて株式を取得することができるかについての割合を、「ディスカウント割合」といいます。
レポートによると、このディスカウント割合(中央値)は2010年、2011年を通じて20%とされていますが、これは、管理人が知るかぎり、シリコンバレーで一般的な水準と思われます。つまり、ディスカウント割合20%ということは、ブリッジ投資家は、次のラウンドの投資家が引き受ける1株当たり価額の80%で株式を取得することができることを意味します。
バリュエーション・キャップ
最近のシードラウンドでのディスカウント転換価額の条件は、実はこれだけでは決まりません。
つまり、次のラウンドの投資家のバリュエーションが極端に高く、ディスカウント割合を掛け合わせて算出される転換価額が大きすぎると、ブリッジ投資家が取得することができる転換後の株式数が想定よりも少なくなってしまいます。
そこで、ブリッジ投資家は、転換時の会社の企業価値(プレマネーバリュエーション)について、一定の上限値を設定することがあります。
プレマネーバリュエーションの上限値を設定すると、起業家が「会社が予想外に早く成長した場合に、会社が満期のギリギリまで次のラウンドを控え、なるべくバリュエーションを高めてから転換を行うことで、ブリッジ投資家に割当てる株数を減らす」という行動に出ることを防止する効果があります。
これがプライス・キャップとかバリュエーション・キャップなどと呼ばれるもので、これによって転換価額に上限をつける効果が生じます。つまり、ディスカウント転換価額は、バリュエーション・キャップの額を、その時点の完全希釈化後株式数で割った金額が上限となります。負債の額を転換価額で割ったものが発行株式数になりますので、ディスカウント転換価額に上限が付けられる、ということは、転換によって発行する株式数に下限がつくこと、つまり「最低でも○○株は発行せよ」ということを言っていることを意味します。
したがって、バリュエーション・キャップは、これがある場合とない場合とでは、これがあったほうが常にブリッジ投資家に有利ということを意味します。
以上の結果、ディスカウント転換価額は、
(a)次のラウンドで行われる適格資本調達で決定された1株当たり価額にディスカウント割合を掛けあわせた金額と、
(b)バリュエーション・キャップの額を完全希釈化後株数で割った金額
のうち、低い方の価額として決定されます。
レポートによると、バリュエーション・キャップが付いている案件は、全体の8割強とされています。管理人も、シリコンバレーでは通常バリュエーション・キャップが付いているだろうという感覚を持ちますので、この数字に違和感ありません。なお、バリュエーション・キャップの額は、レポートでは2010年で400万ドル、2011年で750万ドルとなっていますが、リーンスタートアップで少額のブリッジファイナンスを得ている場合は、この金額はもっとずっと小さいはずです。
ディスカウント転換価額の調整
ディスカウント割合が、期間経過とともに上昇していくパターンの取り決めが行われることも稀に見られます。レポートによると、このよ うな条件がついていたものは、2010年で25%、2011年で5%だそうです。
転換により発行される株式数
シードブリッジでは、利息部分について現金で払ってもらうという実務にはなっておらず、利息部分は元本とあわせて発行株式数への転換の対象となります。
つまり、シード段階転換によって発行される株式数は、ノートの転換時点の元本と利息の合計額を、ディスカウント転換価額で割った数ということになります。
転換によって発行される株式の種類
転換によって発行される株式の種類は、適格資本調達で次のラウンドの投資家に対して発行される優先株式と同じ種類の優先株式であるのが原則です。しかし、「ベンチャー企業のブリッジファイナンス (1/3)」でご説明したとおり、ディスカウントで優先株式を発行すると、優先株式に2つの価額がついてしまいます。これは、残余財産の優先分配請求権の優先価額が、ブリッジ投資家と、そのラウンドのエクイティ投資家とで異なってしまうことを意味し、会社にとって管理が大変です。
そこで、最近シリコンバレーでは、「転換によって発行する株式数」をノートの元利金をディスカウント転換価額で割って算出しつつ、転換される優先株式の発行価額は、ディスカウント転換価額ではなく、次のラウンドのエクイティ投資家に対する発行価額と同額とする手法が利用されつつあります。
これは、なかなか理解しにくいところですので、実際の数字を使いながら順を追って説明してみましょう。
例えば、ディスカウント転換価額が次のラウンドの1株あたりの発行価額の80%と定められているコンバーティブルノート1,000万円があったとして、次のラウンド(シリーズAラウンド)で1株あたりの発行価額が1,000円だったとしましょう。
すると、ディスカウント転換価額は800円となりますので、ブリッジ投資家は、1,000万円 / 800円 = 12,500株の株式の発行を受けることができることになります。
けれども、その発行価額は、一物二価を避けるために1,000円とします。こうすると、仮にその全部をA種優先株式で発行すると、ブリッジ投資家は12,500株 × 1,000円 = 12,500,000円分の発行を受けてしまうことになり、完全に計算が破綻してしまいます。
そこで、12,500株のうち、1,000万円 / 1,000円 = 10,000株分をA種優先株式で発行し、残りの2,500株分を普通株式で発行するというアレンジが行われます。これは結局、ディスカウント部分を普通株式で発行するということを意味することになります。
「ベンチャー企業のブリッジファイナンス (1/3)」で「このような状況は、会社の資本政策をより複雑にしますので、少なくともシリコンバレーでは回避される傾向があり、例えば、転換後に発行する株式を優先株式と普通株式の組み合わせとすることで、優先株式の価額を次の資金調達ラウンドの株式発行価額と同額に維持する工夫が見られます。」と書きましたが、これは、以上のような操作を念頭に置いたものです。
エグジット
ノートの満期前にM&Aによってエグジット機会が発生する場合があり、その場合の取扱いについて定められることがあります。
このようなアレンジをする場合、支配権移転事由の発生を、ノートの早期償還事由として定めます。そして、ノートを現金により一定のプレミアムを付けて償還するか、一定の決まったバリュエーションで普通株式によって償還するかを、ブリッジ投資家が選択できるアレンジメントが行われる場合があります。
つまり、ブリッジ投資家が現金での償還を希望する場合、エグジットとなるM&A取引の実行の直前で、元本に○%上乗せした金額を現金で償還することが定められます。また、ブリッジ投資家は、一定の転換価額で普通株式に転換することができることが規定されます。両方
が規定される場合、一方のみが規定される場合、どちらも規定されない場合がありえますが、どちらも規定されない例は少ないでしょう(レポートでもどちらも規定されないものは2011年で10%以下になっています)。
これによって、ブリッジ投資家は、エグジット価額が十分に大きければ、普通株式に転換してこれを売却することで投資のアップサイドを得ることができ、エグジット価額が大きくなければ、元本に一定の上乗せがされた現金を会社から回収することで投資回収が可能となります。
レポートによると、現金償還時のプレミアムは、2010年で元本の75%、2011年で元本の100%であるということですが、管理人の感覚とも概ね一致しています。また、一定の転換価額で普通株式に転換することができる規定を含むものは、2010年で33%、2011年で65%ということです。
この転換価額をどのように設定するかですが、前述のバリュエーション・キャップを用いて、その時点の完全希釈化後株式数で割って得られた額とするのが一案でしょう。