コンバーティブル・エクイティをめぐる議論と展開
Founder InstituteとTheFunded.comの創業者であるAdeo Ressi氏がリリースしたコンバーティブル・エクイティについてのポストが、日本でも大きな話題となっています。
背景
ここ数年、シリコンバレーのベンチャーシーンでは、シード段階の資金調達手段として、コンバーティブル・ノートが興隆を見せています。コンバーティブル・ノートのメリットは、「ブリッジファイナンスの基礎」でもご説明したとおり、大きく以下の2つがあります。
- 株式ではないため発行価額を決定する必要がないことから、シード資金の調達段階で会社のバリュエーションを行う必要がないこと
(解説) まだビジネスモデルの有効性を十分に検証するまでに至っていないシード段階では、事業の不確実性が高すぎて会社の価値を評価することは困難です。そこで、シード段階ではお金を貸した形にして(会社サイドから見れば負債を負う形にして)、次将来のVCラウンドで行われる1株あたり発行価額に依拠して、負債を株式に転換することが考えられます。つまり、次のVCラウンドで事業価値が評価されるまでバリュエーションの問題を先送りするテクニックとして、コンバーティブル・ノートが用いられます。
- ドキュメンテーションがシンプルであるため、費用がかからず、資金調達にかかる時間も節減できること
(解説) ノートは負債ですので、満期の返済が予定されていること、また満期までの期間も1年から1年半と短いこともあり、株式に比べてガバナンスの問題が出てきません。当然、議決権の問題や稀釈化の問題も生じないため、ドキュメンテーションはシンプルになります。その分、弁護士費用もかからず、書類作成の時間も短くなるため、シード段階の少額ファイナンスに向いていると考えられています。
もっとも、シード段階の資金調達をコンバーティブル・ノートで行うべきか優先株式で行うべきかについては、それぞれ一長一短があり、これについてはシリコンバレーでもさまざまな人が、自らの立場から又は中立的な立場で、議論を行ってきたという経緯があります。
起業家の立場として、コンバーティブル・デット(米国のコンバーティブル・ノートや日本の転換社債など)による資金調達に居心地の悪さを感じるのは、いうまでもなく、それが会社にとっての負債(借金)となることにあります。
法律上、借金は満期に利息をつけて返さなくてはならず、返せない場合には支払不能となって会社の倒産原因となります。
もちろん、シリコンバレーのコミュニティ内の実務では、満期になったコンバーティブル・ノートについて、支払いを請求したり、会社財産を差し押さえたりすることは行われず、ましてや債権者が破産申立てを行うようなことは起こらないといわれています。
もし投資家がそのような行動に出れば、その投資家はシリコンバレーのコミュニティで大きなレピュテーションの低下を招き、起業家は、その投資家から二度と資金調達することはなくなってしまいます。
そのような結末が見えているため、投資家がそのような請求を行うことは長期的に割に合わないと知っている、ということを前提に、エコシステムが構築されているのです。
ご存知のとおりの起業ブームの中、起業はもはやシリコンバレーの専売特許ではなくなってきています。さまざまな場所で起業が起こり、さまざまな投資家がシードマネーを提供するこのご時勢、上記のような長期的なコミュニティへのコミットメントを前提とした、狭いコミュニティ内の「暗黙のルール」に依拠した実務が正当化されづらくなってきている、というのが、今回のコンバーティブル・エクイティの議論の背景にあると考えられます。
(注)米国の実務サイドの事情として、日本でいうところの貸金業法上の問題や税務上の取扱いの問題など、テクニカルな話もあるのですが、これらは主に投資家側のイシューとして、投資家がある意味「飲み込んだ」形で、コンバーティブル・ノートの実務ができていました。コンバーティブル・エクイティは、これらのテクニカルなイシューを一部解消するものと言われていますが、これらはあくまで付随的な効果といえます。
コンバーティブル・エクイティの建付け
コンバーティブル・エクイティについては、管理人のシリコンバレーの師匠であるYokum弁護士が解説をしています。公表されているタームを読むと、コンバーティブル・エクイティは、まさにこれまでシードファイナンスで用いられていたタームから、満期と利息の定めを排除したものということができます。
つまり、一定の条件を満たす次のVCラウンド(「適格資金調達」)が起こった場合
① 適格資金調達の際の優先株式の発行価額から一定のディスカウント(たとえば20%)をした価格で株式への転換を約束しつつ、VCラウンドのバリュエーションがとても高くなってしまう場合の防御策として、バリュエーションに一定の上限(バリュエーションキャップ)を設けることで、転換後の株式数が過度に少なくならないようにする仕組み
や
② ディスカウントにより、優先株式の発行価額が、シード投資家とVC投資家との間でずれてしまうことを避けるため、シード投資家とVC投資家に対する優先株式の発行価額を同額としつつ、ディスカウント相当部分について、シード投資家に普通株式を割り当てることで調整する仕組み
を維持しています。
また、適格資金調達が起こる前に買収によるエグジットイベントが発生する場合、出資価額が、バリュエーションキャップの額を、買収直前の完全稀釈化後株式数で割って得られる金額の普通株式に強制的に転換される仕組みも維持されています。
これらの仕組みの詳細は、「シード段階のブリッジファイナンス」で詳しくご説明しているので、ご覧ください。
検討
管理人がこの仕組みを最初に耳にしたとき、「このコンバーティブル・エクイティはどのようにエクイティ性を担保しているのだろうか」という点にまず興味を持ちました。エクイティ証券がエクイティ性を保つためには、残余財産の分配にあずかるという性質、つまり、債権者に対する全額弁済が終わった後に残る財産についてのみ、分配にあずかることができるという性質を持つことが必要だと考えられます。
今回のコンバーティブル・エクイティは、株式ではないものですから、会社法の関連する規定によってそのような残余財産への分配にあずかるという性質を持つものではなく、証券の作り付けによってその性質を確保しなければならないことになるように思われます。
この点、エグジットイベントが起こった場合には、普通株式に転換されることになりますので、いわばこの転換を通じてエクイティ性を持つことは理解できました。他方で、残余財産分配が正面から問題となる会社の解散・清算の場面で何が起こるのかについては、現時点で公表されている条件では明らかになっていないように感じました。聞くところによると、どうやら現状のタームでは、何も受け取ることができないということが想定されているようです。そうであるとすると、創業株主である起業家は、解散することによって転換の約束を反故にすることができてしまうことになるので、この点は改良の余地がありそうに感じます。
日本の実務へのインプリケーション
日本では、そもそもコンバーティブル・デットの実務が浸透していません。これは、コンバーティブル・ノートが普及するシリコンバレーのベンチャー実務が暗黙のルールとしているような、取立て回収しないという実務慣行が確立していない(むしろエクイティでも取立て回収するという実務慣行が残る)中では、起業家の皆さんが警戒するのは無理からぬことかもしれません。この点は、コンバーティブル・デット方式でシードファイナンスを提供する投資家の皆さんが、良い実務慣行を確立する中で、払拭されていくことになるはずだと期待しています。
それはそれとして、日本でもコンバーティブル・エクイティができるのだろうか、というのが、日本の起業家の皆さんのご関心になってくるだろうと思いますので、この点について少しだけ考えてみましょう。
エクイティ性確保のための方法
これまでのご説明から分かるとおり、コンバーティブル・エクイティの「売り」はエクイティによる調達であるという点にあります。このエクイティ性を確保するための方法がなかなか難問です。
エクイティ性を持たせるために「別の種類に転換できる株式」を発行すればよいではないか、と考えられるかもしれません。しかし、株式を発行するためには1株あたりの発行価額を決めないといけません(会社法199条1項1号)。発行価額を決めるということは会社のバリュエーションを行うということですから、これではバリュエーションの先送りというそもそもの課題を解決できません。
そうすると、「契約によって一定の金額を会社に支払うんだけれども、法律上それを返す義務がなく、けれども一定の場合に株式に換えることができる方法はないだろうか」と考えることになります。贈与とすれば返還義務はなくなりますが、同時にこれを株式に換える方法もなくなってしまいますし、税務上の問題も生じてきてしまいますから、これもダメです。
日本法上、契約でエクイティ的なものを作り出す方法としてすぐ思い浮かぶのは、任意組合と匿名組合です。たとえば投資家から匿名組合出資を受けておいて、適格資金調達が発生した場合には契約が終了し、出資金返還請求権(又はあらかじめ約定した額の支払請求権)を会社に対して立てた上で、これを債権の現物出資として優先株式に転換するといったことが一応は考えられますが、これはこれで匿名組合の会計処理などを考えると、なかなか難儀な話です。シードファイナンスの簡素な仕組み、ドキュメンテーションといった要請からも離れていってしまいます。
エクイティである必要があるか
コンバーティブル・エクイティで求められているのが、バランスシート上の美しさの問題なのか、法的に返還義務を負わないという点にあるのかをよく考えてみる必要がありそうです。
バランスシートが美しくなければならないということであれば、調達する資本は純資産の部に計上されなければならないということになりそうですが、これは誰のためになぜバランスシートが美しくなければならないか、ということをさらに考える必要があるでしょう。
銀行融資を受けるわけでもないとすると、大手の取引先が行う与信審査との関係で、美しいバランスシートでなければならないということはあるのかもしれませんが、少額のシードマネーを調達する段階の初期のスタートアップ企業にとって、美しいバランスシートへのニーズがどのくらいあるか、ちょっとよく分からないところがあります(もしそのようなニーズが大きいのであれば、そもそもコンバーティブル・デット方式のシードファイナンスは成り立たないということになるはずで、そのよう話を聞かないことからすると、そういうことではないようにも思われます。)。
他方、満期に法的に返還義務を負わなければよいということであれば、それは満期に払えない場合は元利金の支払いを繰り延べられる旨の合意(「劣後条項」)をしておけばよいことになります。
金融機関が調達する資本には、いわゆるエクイティにあたる自己資本と、負債性資本というものがあります。この負債性資本調達手段として、劣後特約付の社債又はローンがあります。
これは、契約上の合意ですのでさまざまなアレンジが考えられますが、金融機関が発行しているものの中には、いわゆる永久劣後債と呼ばれているものがあります。これは、元本の償還を原則として予定しておらず、分配可能額がない限りは利息の支払いも延期されます。
こういったアレンジは、何も金融機関でないと法的にできないというものではなく、投資家との間でそのような合意ができれば、スタートアップ企業でも行うことができます。
そのうえで、適格資金調達が起こる場合には優先株式に転換することができるアレンジメントをとることで(転換社債であれば転換条項によることになりますし、劣後ローンであれば期限の到来を約束することで優先株式にスワップするアレンジをすることになります)、優先株式への転換性を確保することができることになります。
この場合、負債である以上は利息が生じてしまうことになりますが、日本の実務感覚からするとこの点が大きな妨げになるということではないように思います。
もっと大切なこと
コンバーティブル・セキュリティの開発をめぐる世の中の反応を見ていると、そのストラクチャーや、コンバーティブル・ノート VS 優先株式の論争への終止符となるかといった話題に関心が集まりがちです。
けれども管理人が最も注目したいのは、Ressi氏の「コンバーティブル・デットは、これまでスタートアップに迅速で簡易にシードマネーを提供してきた。けれども、スタートアップが負うことになる相当規模の負債は、個々のスタートアップ企業にとって問題であるにとどまらず、スタートアップのエコシステム全体にとって問題である」という発言の裏にある問題意識と、それを踏まえた彼の行動、そしてそれを支えるシリコンバレーのシステムです。
スタートアップのエコシステムは、まずは起業家がいなければ始まりません。事業アイディアを持つ起業家が、相応のリスクをとって不確実性の海に漕ぎ出して初めて、物語は始まるのです。いくら投資家がお金を用意して待っていても、起業家が次々に出てこないと、エコシステムは最初から頓挫してしまいます。
不確実性の海に漕ぎ出す船であるスタートアップに負債を負わせることにより、倒産リスクを負わせ、起業家を再起不能にさせかねない仕組みは、失敗を乗り越えてチャレンジを続けることで成功をつかみ、その富がまた新しい起業家に回っていくというベンチャーエコシステムの理念にそぐわないのではないか、というのが、上記のRossi氏の発言が持つ問題意識なのだろうと、管理人は感じました。
実際には、シリコンバレーでは投資家によるそのような回収行動はあまり聞きませんので、彼のアジェンダの立て方が当を得たものなのか、疑問の余地はあります。Paul Graham氏ら、コンバーティブル・ノートの擁護者もまた、シリコンバレーのエコシステムを熟知したすばらしい投資家であることは論を俟たず、彼らの立場がエコシステムにとって有益なものではないとはとてもいえません。
ただ、そのようなアジェンダを立て、行動する起業家サイドに立った有力者が存在すること、そしてこうした活動に対してきちんと資金リソースを投入する団体と、これを支える法務・会計などのプロフェッショナルが存在すること、必ずしも短期的には投資家の利益とならないかもしれない活動の普及に協力的なメディアの存在、新しいチャレンジに対して前向きに反応するリテラシーの高いベンチャーコミュニティの存在、こうしたすべてがシステムとして備わっているからこそ、シリコンバレーがシリコンバレーとして成立し得ているという事実を、この一連の動きから、ぜひ日本のベンチャーコミュニティに属する皆さんにも感じ取っていただきたいと思います。
そして、皆さんができる範囲でよいので、自身のビジネスへの利害という枠を少しだけ超えて、このようなエコシステムを作るための活動を一緒にやっていきたいと思います。そうすれば、必ず日本にもすばらしいベンチャーエコシステムを創ることができると、管理人は信じています。