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2015.11.26

日本版Convertible Equity(コンバーティブル・エクイティ)の新展開 (1/2)

コンバーティブル・エクイティについては、以前「Convertible Equity(コンバーティブル・エクイティ)について」のポストで、米国の状況と日本での応用の可能性についてご説明しました。

最初に公表されたAdeo Ressi氏の提案から3年余り、コンバーティブル・デット方式のシードファイナンスの欠点を克服するために、コンバーティブル・エクイティの発想を活かした様々な調達方法が日本でも試みられてきました。

資金調達方式の開発資金が米国ほど潤沢ではない日本で、スタートアップコミュニティの皆さんから、それぞれ少しずつ新しい調達手法に資金を投じていただき、試行錯誤の結果、ようやく概ね「これでよさそうだ」という方法にたどりつきましたので、皆さんにもその成果を共有したいと思います。

 コンバーティブル・デット方式の弱点

コンバーティブル・エクイティについてご説明する前に、コンバーティブル・デットの弱点について簡単におさらいしておきましょう。

日本では、コンバーティブル・デットは新株予約権付社債(いわゆる転換社債)という仕組みで導入することが一般的です。当初を貸付金にしておいて将来のデット・エクイティ・スワップ(DES)を約束しておけば目的は達成できるので、他の方式でも構わないのですが、貸金業法の問題やファンド契約におけるLP投資家との間の合意の関係で、通常は新株予約権付社債の方式で行われるものです。

コンバーティブル・デットは、スタートアップ企業にとって、形式的には債務であり、満期に元利金を返還しなければならないことになっています。

シードファイナンスの手段として、単にバリュエーションの設定を先延ばしにするためにこのような形式をとっていますので、スタートアップファイナンスでは、投資家が満期に元利金を請求することは掟破りであるわけですが、スタートアップ投資が従来のコミュニティ参加者以外にも拡大し、こうしたスタートアップファイナンスの常識を持たない投資家がスタートアップ投資を開始しますと、エコシステムにとって問題の多い事例が起こってきます。

典型的には、元利金の返還を起業家に迫る事例、元利金債権の放棄と引換えに開発したソフトウェアの引渡しを迫る事例などがあり、また、起業家がエンジニアである場合には受託を受けさせて分割返済を求める事例があるわけですが、エコシステムにおける起業家の役割*を考えると、こうしたものの中には本来あるべきではない形のものが見受けられます。

*スタートアップのエコシステムは、構想を実行に移すために他の機会を投げ打って構想にフルコミットする起業家がいて初めて成り立つシステムです。ポートフォリオを組んでリスクを分散することができる投資家は、極端な話、資金さえあれば誰でもなれるわけですので、このエコシステムにとって最も貴重なプレイヤーは、間違いなく起業家であるということになります。その意味で、起業家がエコシステム内で期待されている動きをすることを阻害する行為は、そのプレイヤーの個別事案にとって合理的でも、エコシステム全体にとってマイナスですので、エコシステムに参加するコミュニティメンバーは、プレイヤーがそのような行為をしないよう、相互に牽制しなければならず、エコシステムを害するプレイヤーは、レピュテーションの低下を通じてコミュニティから退出してもらわなければなりません。

 コンバーティブル・エクイティの出現と選択肢

このようなエコシステムにとって問題のある事例を防止するため、コンバーティブル・エクイティを日本でも導入することが必要とされてきました。これまで提唱されてきたコンバーティブル・エクイティの性質を持つ資金調達方法を簡単にご紹介すると、以下のとおりです。

永久劣後特約を付した無担保転換社債型新株予約権付社債方式(永久劣後債方式)

これは、米国のコンバーティブル・エクイティの基本設計を最も忠実に再現した方式です。

つまり米国のコンバーティブル・エクイティの設計者によれば、コンバーティブル・エクイティは、コンバーティブル・デットから利息と満期の概念を外したものとされています。これを日本の実務で解釈をすると、「転換社債型の新株予約権付社債をゼロクーポンとして永久劣後特約を付したもの」ということになります。

これに従って商品設計をしたものが、選択肢の第一として挙げられます。

<メリット>

このタイプのコンバーティブル・エクイティは、満期と利息がないため、会社が破綻しないかぎり投資家から元利金の返還は求められません。すなわち、コンバーティブル・エクイティが必要とされた経緯に沿った商品性を備えていることになります。

また、このタイプのコンバーティブル・エクイティは、銀行から見ると資本性借入金として負債としては評価されないことになっていますので、金融機関からの借入れを行う際の障害とならない特質を持っています。

また、導入コストとしても、登記事項は新株予約権のみですので、調達金額にかかわらず登録免許税は一律9万円で済むことも、この方式のメリットと考えられます。

<デメリット>

デメリットとしては、このタイプのコンバーティブル・エクイティは、発行会社のバランスシート上は負債に計上されるという点が挙げられます。つまり、金融機関は負債としては評価しないのですが、バランスシートの見た目としては負債に計上されることになりますので、例えば十分な金融知識を持たない事業会社からは、債務超過会社と評価されて、取引をしてもらえないといったことが起こりえるといわれています。

無議決権種類株式方式

永久劣後債方式の弱点を克服するために考案されたのが、無議決権種類株式方式です。

<メリット>

無議決権種類株式方式では、コンバーティブル・エクイティを、次のラウンドの株式への転換権を持つ株式として構成します。株式として構成すれば、払込金額はそのまま純資産の部(資本金と資本準備金)に入りますので、バランスシートの見た目としても問題は生じません。

株式として発行される場合には、バリュエーションの問題が発生する可能性がありますが、無議決権種類株式方式では、例えば1,000万円の調達をするのであれば1株1,000万円などと設定し、株主総会と種類株主総会の双方で議決権を持たないこととして、次回ラウンドで通常の株式に転換することを定款で規定するなど、持分性を可能な限り排除しており、また当事者間でも発行価額はバリュエーションとは無関係のものであるとの合意のもとで実施することで、この問題を克服しようとしています。

無議決権種類株式方式は、投資家による元利金償還権を根拠とした圧力が発行会社にかからないことが、株式という方式により担保されていること、またバランスシートの見た目がきれいである点に、永久劣後特約型のゼロクーポン新株予約権付社債方式と比べたメリットがあると考えられます。

<デメリット>

他方において、発行するのが株式であることから、導入にあたっては定款を変更しなければなりません。また、登記に際して資本増加額の0.7%の登録免許税が課せられてしまいます。例えば6,000万円を調達すれば最低でも21万円を税金として払わなければなりませんので、これをどう評価するかという問題が残ることになります。

普通株式方式(みなし優先株式方式)

色々と面倒なことを考えるのをやめて、発行する株式は普通株式と割り切ったうえで、次のラウンドで優先株式が発行されるようであれば、その段階で、事前に定めた条件に従って、株主全員の同意のもとで優先株式に変更すればよいではないか、という方式です。

これをコンバーティブル・エクイティとして整理することの是非もありますが、日本のベンチャーファイナンスは未だに投資家が普通株式で投資するのが通常であるという認識のもとで、まずは普通株式で入っておくという発想で、日本の従来型の実務慣行をベースとした日本型のコンバーティブル・エクイティと評価できるでしょう。

<メリット>

この方式は、無議決権種類株式方式にくらべて、事前に株式の内容を設計する必要がなく、会社法上は単純に普通株式を発行すれば良いだけであるという点でシンプルである、という点に最大のメリットがあります。

<デメリット>

他方、転換型証券を発行する最大の動機である、シードファイナンス時点におけるバリュエーション先延ばし効果についてはおそらく徹底されていません。この方式では、当事者間で、発行された普通株式の発行価額はバリュエーションとは無関係であるという合意をすることになりますが、他方で、その後に発行するストック・オプションの行使価額を、この普通株式の発行価額以下に設定することは、税制適格要件獲得との関係で、相当の勇気がいります。優先株式型のファイナンスで資金調達戦略を練るスタートアップ企業にとって、その重要な動機の一つは、ストック・オプションの行使価額を低く保つことで、優秀な人材を獲得する飛び道具とすることにあります。つまり、ポートフォリオの分散が効く投資家と同じ条件で株式を持つことができると言われても、事業へのフルコミットが求められる従業員にとって、たいしたインセンティブにはならないのですが、みなし優先株式方式を採用する場合には、税制適格を確保する税務リスクを考えると、行使価額はどうしても高く設定せざるをえないことになります。

また、普通株式の方式で発行していますので、シード投資家は株主総会の議決権を持つことになります。コンバーティブル・デット方式ですら、シード投資家は次の資金調達までは会社の運営に口を出さないという点が確保されていますので、みなし優先株式方式は、エクイティ投資家としての権利をかなり強く持つことを要求する方式ということができます。

この方式は、普通株式を発行しますので、発行の段階で資本金増加額の0.7%の登録免許税を支払わなければならないことになります。

新株予約権方式(MSワラント方式)

コンバーティブル・エクイティを新株予約権として構成し、調達金額は新株予約権の発行に際しての払込金額として整理する方式です。つまり、次のラウンドの株式に転換することができる権利が付された、有償の新株予約権を発行することで、資金を調達するという整理となります。

これは、劣後特約付のゼロクーポン転換社債方式(上記の永久劣後債方式)から考えを一歩先に進めたもので、転換社債の負債性が問題であるのならば社債にしなければよいではないか、という発想で設計されています。上場会社の資金調達方式で行使価額修正条項付新株予約権(いわゆるMSワラント)というものがありますが、これに着想を得た方法です。

MSワラント方式のコンバーティブル・エクイティは、例えば1,000万円を調達するのであれば、新株予約権1個を1,000万円で発行します。この新株予約権がどのような条件で次のラウンドで株式に転換されるかは、新株予約権の内容の問題として、新株予約権付社債方式の場合と同様に考えれば良いことになります。

MSワラント方式は、永久劣後債方式のメリットを全て備えつつ、永久劣後債方式の弱点を克服したものといえます。つまり、

  • バリュエーションの先延ばし機能を完全な形で備えており
  • 発行時の登録免許税は調達金額にかかわらず9万円と低廉であり
  • 満期もなく利息も発生しない

点で、永久劣後債方式のメリットを全て持っています。

バリュエーション先延ばし機能を備えていますので、ストック・オプションの行使価額に影響を与えず、また、議決権もありませんので、みなし優先株式方式の弱点もありません。

永久劣後債方式の弱点は、

  • バランスシート上、負債に計上されてしまう

という点にあったわけですが、新株予約権の発行に際しての払込金額は、純資産の部に計上されることになっています(企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産の部の表示に関する会計基準」)。

無議決権種類株式方式は、この点を克服するためにコンバーティブル・エクイティを株式として構成しましたが、その結果、定款変更が必要となり、また払込時に登録免許税がかさむという難点がありました。MSワラント方式では、コンバーティブル・エクイティを新株予約権として構成するため、定款変更を要せず、また上記の通り登録免許税は調達金額によらず一律9万円で済みます。

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