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2015.11.26

JOBS ACTによる米国証券法等の改正

JOBS Actのインパクト

3月22日付けで米国上院でJumpstart Our Business Startups Act(JOBS ACT)が通過したことが報道されました。オバマ大統領はJOBS Actへの賛同を表明していますので、回付されれば比較的短期間で署名されることになるといわれています。

JOBS ACTは、実務家のワーキンググループであるIPOタスクフォースが米国財務省に提出した法案で、新興企業(emerging growth companies)の市場内外での資金調達力を高め、公開企業となるタイミングを自ら決定することを認める内容となっています。改正されることになる法令は、具体的には米国1933年証券法と1934年証券取引法ということになります。

米国法の改正ですので、これ自体は日本の起業家の皆さんにとって何かメリットがあったりする話ではないのですが、ベンチャーエコサイクルが正常に機能している米国が、更にその力強さを増すために証券関連法の改正に動いているという事実は知っておいてよいと思います。

対象となる企業は「新興企業」

今回の改正法は、証券法と証券取引法を改正し、新たに“emerging growth company(新興企業)”というカテゴリーを導入しました。新興企業とは、直近事業年度で年間総売上高10億米ドル未満の企業をいい、次のうちの一番早く到来した日まで新興企業としての地位を維持することができます。

  • 年間総売上高10億ドルを超えた事業年度の翌事業年度末
  • IPOから5年経過した日が属する事業年度末
  • 過去3年間で発行した社債(転換社債を除く)の発行額が10億米ドルを超えた日
  • 事業年度末時点で、関係者以外が保有する浮動株式が7億米ドル以上で12ヶ月以上証券取引法における報告会社である場合

IPO関連の規制緩和

JOBS Actは、以下のような新興企業の公開株式市場へのアクセスを容易にするための方策が示されています。

財務情報の削減:

新興企業について、登録書(有価証券届出書)に記載すべき財務情報は、過去2年間の財務情報で足りることになり、提供が必要な財務データは監査済の財務報告書に記載された期間のみでよいことになります。現在は過去3年間の財務情報が要求され、財務データは5年間とされていたことから、公開に必要な財務情報が削減されることになります。

SECの非公開審査:

新興企業は、SECに対して登録書(有価証券届出書)のドラフトを非公開ベースで提出することができます。この場合、新興企業は、ロードショー開始の21日前までにSECに登録書(有価証券届出書)を提出し、全ての訂正を行うことが必要です。

届出前後の適格機関投資家(Qualified Institutional Buyers)・機関適格投資家(Accedited Investors)とのコミュニケーション規制の緩和:

新興企業は、適格機関投資家と適格投資家に対し、届出の前後を問わず、株式募集に対する関心の有無についてヒアリングすることができるようになります。

アナリストレポート:

証券会社は、引受に関与するか否かにかかわらず、新興企業のIPOに関するリサーチレポートを作成・配布することができることになります。また、証券アナリストと投資家の間のコミュニケーション制限や、新興企業の経営陣と投資銀行その他の証券業者のコミュニケーションへの参加制限などが緩和されます。

開示義務等の緩和:

新興企業は、サーベンス・オクスリー法で求められている年次報告書(Form 10-K)での内部統制に関する監査法人の証明書を提出しないことができます。また、PCAOBの監査人のローテーションや監査人の報告に関する規定が適用されないものとされています。さらに、新興企業に対しては、非公開企業に対して新USGAAPが適用されることになるまで、新USGAAPを適用しないことができるものとされています。また、新興企業は、ドッドフランク法で別途義務付けられない限り、経営陣の報酬の決定につき株主総会にかける必要がないものとされていますし、その他役職員に対する報酬支払に関する開示義務が緩和されることになります。

非公開企業の資金アクセスの強化

JOBS Actは、新規公開を行う新興企業に対して適用される規制を緩和するのみでなく、非公開企業の資金調達に関する規制も緩和するものとしています。

非公開企業が行う株式募集は、典型的にはRegulation Dという規定を適用することによって登録義務等が課されないことになる、というのが米国のベンチャー企業の資金調達に関する実務となっています。JOBS Actは、証券募集勧誘に関するRegulation D(Rule 506)を改正することを提案しています。同様に、既発行証券の販売については、Rule 144Aという規定によって規制がなされていますが、これについても緩和することが提案されています。これらは、いずれもSECの規則によって詳細が規定されていますので、その詳細については、今後SECから提案される規則改正案を注視する必要がありますが、IPOを予定する企業が、株式公開プロセスと並行して私募を行うことが可能になるという実務上の意義があるといわれています。

なお、これに関連して、Rule 506に基づき行われる募集について、これを行うプラットフォームは、報酬を収受しないことや投資家の資金・証券を保有を行わないことなどを条件として、証券業者としての登録義務が課せられないこととされます。

このほか、Regulation Aと呼ばれる募集に関する簡易な規制についても、調達金額の上限が500万ドルから5000万ドルまで引き上げられることを内容とする改正が示されています。

外形基準の引き上げ

証券取引法上、非公開企業であっても株主の数が一定数以上となると、継続開示義務が課されることとなっています。現状、資産1000万ドルを超える会社は、事業年度末時点で株主数が500人以上となるとこの義務が課されることになっていますが(Section 12(g))、株主数の基準が2000人以上(適格投資家でないものが500名以下である場合に限ります)に緩和されます。この株主数のカウントには、従業員株式報酬制度によって株主となった者や、以下で説明するクラウドファンディング条項に基づいて株主となった者は除外されることになります。

クラウドファンディング条項

JOBS Actの中で一番目に付く改正が、巷で“crowdfunding exemption”と呼ばれている条項です。御存知の通り、米国の証券法5条では、一定の除外規定に該当しない限り、SECに対して登録を行わない限り、株式の取得の勧誘を行うことができないものとされています。クラウドファンディング条項は、証券法4条に新たな除外規定を設け、非公開企業が不特定多数の投資家に対し、登録なしに少額の募集を行うことを可能にするものです。クラウドファンディング条項は、上院で修正され、下院で可決されたものよりも厳格な要件のもとで登録義務の例外を認めることとしたものです。

クラウドファンディング条項による資金調達を用いることにより、12ヶ月の期間中に100万ドルまで登録なしに証券を発行することができることになります。ただし、個人に対する販売については、投資家保護の観点から以下のとおり一定の制限が課されています。

  • 年収または資産が10万ドル未満の投資家:2000ドルまたは年収もしくは資産の5%のうち大きな方が上限
  • 年収または資産が10万ドル以上の投資家:年収または資産の10%以内(上限10万ドルまで)

証券を発行する会社は、証券業者かまたは資金調達ポータルサイトを通じてのみこれらを行うことができるものとされますが、これらの媒介業者は、SECとその他の自主規制機関に登録されたものであることを要します。これらの媒介業者は、SECが定める一定の業規制に服することになります。

クラウドファンディング条項を用いて資金調達を行った企業は、募集時とその後の継続開示として、一定の財務情報その他の情報をSECと投資家に開示しなければなりません。これらの開示義務は、調達額に応じたものとなることが予定されていますが、その概要は以下のとおりです。
10万ドル以下:直近事業年度の確定申告書と経営者により正確性が証明された財務諸表(未監査)
10万ドルから50万ドル:独立公認会計士によるレビューを経た財務諸表
50万ドル超:監査人による監査済の財務諸表

なお、クラウドファンディング条項により資金調達を行った企業は、開示の重大な不備につき投資家から損害賠償請求を受けることになります。

留意点

JOBS Actは、法律が委任しているSEC規則のほか、自主規制機関により制定された様々なルールの修正がなければ、法律が予定したとおりの機能を発揮しませんので、今後これらの改正作業が発生することが見込まれます。JOBS Actでは規則等の制定期限(90日以内等)を定めていますが、SECのチェアマン等からは、改訂に際して検討すべき事項も多く、期限内に規則の改正が完了できない可能性がある旨が示唆されているとのことです。

また、クラウドファンディング条項について、例えばスタートアップ企業が一般に用いるRegulation Dによる証券の発行の場合、6ヶ月以内に行われるその他の証券の発行は原則として一体として見られることとされています。そうすると、クラウドファンディング条項に基づく証券発行とRegulation Dに基づく証券発行を並行して行う場合、Regulation Dによってクラウドファンディング条項に基づく証券発行が規制されてしまうということが起こりえます。これについてSECのルールで何らかの調整が図られれば良いですが、図られない場合には、Regulation Dに基づく証券発行とクラウドファンディング条項に基づく証券発行は別々に行わなければならないことになりそうです。

日本の金商法に対する示唆

以上のとおり、JOBS Actは、非上場の段階での証券法の規制を緩和すると共に、スタートアップ企業を上場しやすくし、さらに上場から5年程度の期間、公開企業に課されるSOX法や開示規制を緩和することで、上場に伴うスタートアップ企業の負担を軽減することを狙っているといえます。

非上場企業の資金調達について

日本の場合、非上場企業の株式の発行については、典型的には一般投資家50人以上に勧誘しないことといった有価証券の募集に該当しないためのルールを遵守する限り、金商法上の実務上の留意点は必ずしも多くありません。また、クラウドファンディング条項のような規定はありませんが、株式については1年以内の1億円以下の募集であれば、少額募集として有価証券通知書という簡易な書類を提出することで取得勧誘することが認められています。また、発行価額の総額が1000万円以下である場合には、有価証券通知書の提出も不要ということになります。したがって、発行開示規制という観点のみから見れば、日本の金商法の規制はクラウドファンディングに寛容ということもできるかもしれません。

他方で、このクラウドファンディングを第三者(典型的には資金調達プラットフォーム業者)が関与することを考えた場合、プラットフォーム業者は、第一項有価証券の募集の取扱いを行うということになるはずですので、証券会社(第一種金融商品取引業者)でなければ行うことができないということになります。

なお、一般論として、スタートアップ企業について株主が多数いるという状態は、あまり好ましいものではないと考えられていることに注意が必要です。株主が多ければ多いほど、株主の管理コストがかかってくるからです。多数の株主が存在する場合に、株主による意思決定が必要な事項について、迅速な意思決定は困難になります。特に、日本の会社法では、株主総会の決議が必要な事項について、株主総会を経ずに意思決定するためには、すべての株主から書面同意を取得しなければならないものとされています。いわばすべての株主が拒否権を持っている状態ですので、株主が何十人もに増えてしまった会社について、この方法で意思決定をすることは難しいといえます。そうすると、株主総会を開催して意思決定をしなければならないことになりますが、株主総会の招集手続や招集通知に関する会社法の様々な規制を守りながら行わなければ、総会決議に瑕疵があったとして決議取消しの対象となってしまいますので、手続を適法に行うため、相当程度の法務コストがかかることになります。

クラウドファンディングの手法を用いて株式の形で資金調達を行うことを真剣に考える場合、こういった点を含めた全体的な法体系のデザインが必要になると思います。

上場規制の緩和について

上場規制の緩和に関するJOBS Actの考え方は、一つには、いわば上場企業法制という高速道路に乗るための助走レーンを設けるものということができます。すなわち、上場コストを賄える程度の規模になるまでSOX法や開示規制の適用を緩和し、その間に成長を遂げてもらおうとする法制度ということができます。

また、外形基準の緩和は、これまでGoogleなど大型スタートアップ企業が、自身の資本性策というよりは規制の存在を大きな理由として上場のタイミングを決定せざるを得なかったという経緯を踏まえると、上場会社となるタイミングを自ら決めることができる余地を広げるものということができそうです。最近ではRule 144Aによる上場前のエグジットを指向する向きも強いようですので、これに対応したものということもできるかもしれません。

外形基準については、日本では株式について1000名とされていますので、米国のほうが緩和された形になったとはいえます。けれども、日本では非上場企業の株式は会社法上の複雑な手続きを伴った譲渡制限が付されておりますし、未上場株式がセカンダリーで取引されるという事態は稀です。こうした制度上の違いをあわせて考えると、単純に外形基準の株主数が多い少ないで日米を比較できないように思われます。

上場のしやすさについては、我が国は既に数年前、英国式の制度を導入してしまっているという経緯があります。これは、プロ向け市場を別途創設し、指定アドバイザーと呼ばれる証券会社等が発行会社の面倒を見るという制度ですが、この制度で株式が取引されている企業は2社(メビオファーム、五洋食品産業)しかありません。この制度に基づきTOKYO AIM取引所を運営している東京証券取引所は、2012年3月、提携先であるロンドン証券取引所との提携を解消し、新たにTOKYO PRO Marketという名称のもと、日本の実態に合わせた市場にするべく改善を図っていくことを決めています。

プロ向けの別の市場を創設することは、投資家保護の観点からはそれなりに意味のあることであると思われますが、これによって株式の流動性は大きく損なわれ、結局株式を公開した意味がどこにあるのかわからなくなってしまう面があるように思います。市場を分けるのではなく、同じ市場の中でのダブルスタンダードを認め、一定の猶予期間を与えるという米国の制度は、猶予期間中の開示情報が少ないことによって市場の価格発見機能を十分に発揮させることができないかもしれないというデメリットについて、アナリストレポート等の規制を緩和することによって市場に流通する企業情報を増加させることでこれを補完しようとする試みであるということができそうです。これによっても十分な情報が得られないと市場が判断した場合には、その点は不確実性の大きさの代償として株価が上がらないという形で発行会社に跳ね返ってくるので、発行会社としても猶予期間を待たずに特別取扱いから抜け出すインセンティブがあるともいえます。

制度というのは経路依存性がありますので、既に英国式を採用してしまった日本としては、プロ向け市場の活性化策を検討するというのが優先度の高い政策であるということかもしれません。現状の制度は、発行会社の面倒を見なければならないとされる指定アドバイザーの責任が重いのではないかということもあって、なかなか浸透していないという面があるようですが、流動性の観点に加えてこうした制度設計上の問題点を解消することができるかどうかが鍵を握ってきそうです。もし、制度改定の結果なかなかうまくいかないということであれば、米国式の規制緩和の方向性についても前向きに検討してゆくことも必要になるかもしれません。

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