ベンチャーファイナンスではこだわらない優先配当
剰余金の配当につき優先権を持つA種優先株式の優先分配権については、
① 年間配当利率
② 累積型・非累積型
③ 参加型・非参加型
の3点について投資家と交渉することになります。
まず、会社法上、剰余金の配当は分配可能額がなければ行うことができません。ベンチャー企業は、すべての資金を投資に振り向けて、最終的な株式公開を目指して急速な成長を志向する企業ですから、ベンチャー企業には株式配当に回す資金はありません。このように、ベンチャー企業には通常配当を想定しにくいことから、起業家は、優先配当権の条件に固執するのでなく、優先配当の条件は、他のよりよい条件を獲得するための道具としてうまく活用するということになるかと思います。
上記のうち、①年間配当率は、A種優先株式の取得価額を基準に年率何%の配当を普通株主に優先して支払うかを定めるものです。例えばA種優先株式が1株100円で引き受けられ、年率8%の優先配当権があったとした場合、分配可能額がある限り、その後の分配日において1株8円の利息がつくべきことになります。
次に、②累積型とは、ある年に支払われるべき配当が全額は支払われなかった場合、その支払われなかった分は翌年に繰り越すことを定めるものです。例えば、上の例で分配可能額がなかった場合や、分配額があったけれども現に分配の決議をしなかった場合、ともに8円相当の配当額が翌年に繰り越されます。仮に、非累積型の場合、ある年に1株8円の配当をすべきだったとしても、これを翌期にはつながらず、翌期の優先配当で支払われるべき額は1株8円ということになります。
優先株式のバリュエーションを将来の期待配当から得られるキャッシュフロー累計の割戻しであると発想した場合、優先株式によるベンチャー企業に対する信用供与は、累積型をとったうえで、利率に当たる年間配当率がべらぼうに高くなるように直感的には思えるかもしれません。しかし、先述の通り、ベンチャー企業は配当をそもそも想定していません。そこで、シリコンバレーの実務では、非累積型とした上で、優先配当率も8%程度といったものもよくみられるように思います。
さらに、③参加型とは、優先株主に対して優先配当がなされた後、普通株主に対する配当に優先株主が普通株主と共にあずかれるタイプの取り決めをいいます。例えば、普通株式4,000株を発行している会社のA種優先株式が1株100円1,000株で引き受けられ、年率8%の優先配当権がある非累積型となっている場合で、仮に配当原資10万円の配当がされるとしたとき、
参加型の場合:
A種優先株主に対する優先配当は8円×1,000株=8,000円と、
残り96,000円÷5,000株×1,000株=19,200円の合計27,200円
普通株主は72,800円を受け取ることになります。
非参加型の場合:
A種優先株主に対する優先配当は8円×1,000株=8,000円のみ、
普通株主は92,000円を受け取ることになります。
ご説明したとおり、配当は現実には行われませんので、これも非参加とする例も多いですが、例えば減資がなされた場合には分配可能額が発生しますので、これに備えて参加型とするという考え方もあります。ただし、減資は通常、優先株主が承諾しない限り行うことができないように建付けますので、このような備えは本当に必要なのかという点は、議論の余地があるように思えます。
参加型の参加の仕方についてはバリエーションがありえますが、配当が行われることは想定されていませんんおで、優先配当の条項にこだわることには、ベンチャーファイナンスの文脈では、あまり合理性がある話ではないと考えられているように思います。
なお、後に説明する残余財産分配のルールでは、優先株主に対して、累積された未払いの優先配当額を追加して残余財産の優先分配ルールを決定するという取り決めを要求されることがあります。こうした取り決めの場合、配当が累積型になっていると、エグジットの際、これまで現実化していなかった優先配当分を上乗せして優先株主に企業価値の分配がなされることになります。起業家は、優先分配の規定は強くこだわらなくてもよいものの、エグジットの際の会社の売却額の分配の時に効いてくる規定もあるということは、憶えておいたほうが良いと思います。
優先株式を劣後負債のように用いることが通常という、ベンチャー投資とは異なるプラクティスを持つ業界もあり、投資家のベンチャー投資への習熟度や投資家の出身フィールドによっては、このような提案がなされるかも知れませんので、注意を払っておくべきでしょう。
優先配当の条項は、実際のものを少し簡略化して記載すると、例えば以下のようになっています。非累積・参加型となっていることが確認できるでしょうか。
- 当会社は、定款に定める剰余金の配当をするときは、A種優先株主に対し、普通株主に先立ち、事業年度ごとに、A種優先株式1株につき年◯◯円の配当金を支払う。
- ある事業年度においてA種優先株主に対してした剰余金の配当額がA種優先配当金の額に達しないときであっても、その不足額は、翌事業年度以降に累積しない。
- 当会社が、A種優先株主に対してA種優先配当金を支払った後、普通株主に対して配当をするときは、同時に、A種優先株主に対して、A種優先株式1株あたり、普通株式1株あたりの剰余金の配当額と同額の剰余金の配当を行う。
優先株式の優先配当の条項は、優先株式を発行している会社の登記簿謄本(履歴事項証明書)をみれば、誰でも確認することができます。