NewsPicksでは、金融業法の観点から見たFinTechの可能性とチャレンジについてお話しました。
NewsPickの記事については「元金融庁の弁護士が語る、規制とイノベーションの微妙な関係」を御覧ください。
FinTechの素顔は2つある
FinTechという事象は、色々なところで解説がされるようになりましたが、いまだに金融業界の話であるという受け止めが大半であるように思います。つまり、FinTechスタートアップとして新たに金融業にどのような形で関与し、ビジネスとしていくか、という話と、既存金融機関はFinTechの流れにどのように対応し、自らの存続を確保していくか、という話に終始しているように思います。
しかし、金融サービスの変革は金融業界の話にとどまるものではありません。金融業というのは、金融商品(これには金商法にいう金融商品のみでなく、預金商品や保険商品などを含め広く金融業者が提供するソリューションが含まれます。)を通じて資金やリスクを仲介することで、経済の効率を高めていく仕事です。ビジネスの世界では、モノやサービスが提供されれば、必ず対価が発生し、対価は、モノやサービスの提供される方向と逆の方向で提供されることになります。金融サービスというのは、このモノやサービスの対価を提供するためのインフラであり、また対価の提供方法を様々な形でアレンジする手段であるということができます。その意味で、金融サービスというのは、それ単体で考えるだけでは片手落ちで、モノやサービスの実体経済すなわち産業全体がどのように動いていくのかということを踏まえた議論でなければならないということです。
全産業の「情報化」と「分散化」
産業全体が今後どのように動いていくかについては、これまで個別的に議論されていたものが整合性をもって説明することができるようになってきたように思いますので、まずそれをご説明したいと思います。
新しい産業の姿に共通するキーワードは、「情報化」と「分散化」です。
産業のセクターは大きく、情報コミュニケーション産業、製造業、エネルギー産業です。製造業というのは一般にいう製造業よりも広く、農林水産業や運送業、建設業なども含まれます。つまり「モノ」がともなう産業全般を指しています。この3つのセクターに金融業が加わる形です。
情報コミュニケーションセクターの革命
革命はまず、情報コミュニケーション産業から起こりました。インターネットにより、これまで情報のフローを独占していたメディアから人々は解放されました。インターネット上に様々なメディアが生まれ、これらのメディア内では様々な情報・コンテンツが行き交うようになりました。これにより、個人であっても事業者であっても、発信したい情報を世界に向かって極めて安価に発信することができるようになりました。これを可能にしたのは、分散型ネットワークであるインターネットです。チャネルの独占力を利用したヒエラルキー型、中央集権的なメディアの構造が、インターネットという分散型ネットワークによって破壊的な変革を遂げたということができるでしょう。
情報コミュニケーションが解放されるということは、単に情報コミュニケーション産業セクター内部の構造変化を産んだわけではありません。これは他の産業セクターに波及していきます。それはなぜかというと、製造業、エネルギー産業、金融業も、実はその価値の源泉の多くは、モノやエネルギー、金銭や金融商品そのものというよりは、これらを産み出し、これらの周りに生じさせる情報にあることが明らかになってきたからです。
金融セクターの革命
例えば金銭や金融商品。これらはそれ自体に何か意味があるわけではなく、これらを取引することができる市場があって初めて価値を持ちます。市場というのは要するに売手と買手の需給に関する情報の溜まり場です。金銭であれば様々な経済の状況、株式であれば発行会社や所属するセクター、国に関する様々な情報があって、これらによってその理論価値(本源的な価値)が決まるとされ、これとその金融商品に対する需給によって市場価格が決まってきます。ビットコインをはじめとする仮想通貨は、この事実を改めて人々に気づかせてくれました。
融資や保険も同様に、様々な情報をもとに適切な値付けをした商品を組成し、これを買い手とマッチングするビジネスです。そこで取り扱っているのは情報そのものであり、インターネットの海で爆発的に増えた情報(データ)を収集、解析して、商品の組成とマッチングをこれまでとは次元の異なるレベルで効率化します。これがFinTech革命の金融業内部における現象です。
製造セクターの革命
製造業も同様です。例えば自動車。これは目の前にある自動車というモノ自体に価値があるように見えます。しかし、自動車の純粋なモノの部分は、鉄でありゴムでありプラスチックでありといった部分です。個別のパーツをどこから調達してくるか、パーツの組立方法、デザインといったものはすべて実は情報(設計情報)です。自動車の価値の大半を占めているのは実は情報であり、この情報が共有され、情報を元に成型することができれば、自動車は作ることができます。もちろん実際にそれを行うためには、モノがモジュール型で設計されているなどいくつもの仮定が必要ですが、理論的にはこのようなことがいえます。
個人的には、製造業のこうした側面からの産業構造の変化は一部に留まるように思っており、こうしたメイカーズやプロシューマーの流れが主流になるとは思っていませんが、より重要なのは、製造業の情報化のもう1つの側面です。
つまり、自動車であれば、人は自動車がほしいのではなく自由な移動手段がほしいのであるという価値観です。モノというのはモノそのものに価値があるのではなく、これを利用することに価値があります。これまでは利用するためにモノを所有しなければならないと考えられてきましたが、本当に必要なのは、必要なときにそのモノにアクセスすることができるという意味でのリアルタイムな利用可能性を確保することです。
モノは常に稼働しているわけではありません。所有者が必要なときに自らのために稼働させているわけです。もし、モノの稼働状況が常時自動で把握することができ、その情報をリアルタイムで世界に共有することができたらどうでしょうか。自分が使っていない不稼働の資源を、不稼働の間だけ誰かに使ってもらうことができます。利用者は、モノを所有しなくても、必要なときだけモノにアクセスし、その使用料を支払えばよいわけです。ここにいうモノは、自動車にかぎらず、住居やオフィス、物流や生産設備などが含まれますし、更に言うと人々の不稼働の時間やスキルなども含まれます。個人や事業者の不可動資源の状況をリアルタイムで捕捉してインターネットで世界に共有し、それを利用したい人や事業者とのマッチングを実現すること。これがモノを「情報化」し、「分散化」するということであり、これを実現するのがシェアリングエコノミーです。
FinTechについて述べたのと同様、シェアリングエコノミーについても、人工知能の発達によって指数関数的な効率性を実現することができることになります。人間の介在を極力減らすことで、稼働あたりのコストが劇的に低下していきます。
エネルギーセクターの革命
ここまでくるとエネルギーについてもおわかりでしょう。情報コンテンツ産業も製造業も、エネルギーがなければ動きません。サーバを動かし、生産設備を動かすエネルギー、特にその中でも最も使い勝手のよい電力は、いつまでも貯めておくことはできません。個人や事業者が発電し、生み出した電力のうち余剰のものを売電し、電力が必要な人がこれを購入します。エネルギーの使用状況の情報化と、これをネットワークで分散的に管理することで実現する効率的なエネルギーの使用。スマートグリッドが実現したい世界はこのような世界です。
全産業の革命を見据えた金融セクターの革新(FinTech革命のもう1つの姿)
分散型ネットワークにより、情報コンテンツの流通が効率化し、モノのアクセス権の流通が効率化し、エネルギーの使用権の流通が効率化するなかで、金融サービスはどのように変化するでしょうか。
先ほどお話したとおり、金融というのは実体経済におけるモノやサービスと逆の動きをします。あらゆる産業セクターでモノとサービスの取引が情報の形で高度に効率化する社会における金融サービスはどのようなものでなければならないか、これを考え、ソリューションを提供することが産業全体の側面から考えたFinTech革命のミッションです。
まず明らかなのが、情報化されて提供されるモノやサービスの決済は、これまでとは比較にならないほど多く、かつ細かくなっていきます。これを実現することができるほど低い取引費用で金融サービスが提供される必要があります。単価の小さい無数の取引をリアルタイムに決済していくためのソリューションが必要です。
取引が細かく数が増えてくると、事業者にとっては決済情報と取引情報が連動し、提供したモノやサービスに対する対価の支払が自動的に確認することができること、更に言うと取引と決済の同時履行性が確保される仕組みが提供されることが必要になってきます。
取引は一回きりのものであるとは限りません。比較的長期に、又は継続的に行われる取引については、当事者間の決まり事に従って各当事者が義務を履行し、義務が適切に履行されることが確保されて初めて、サービスなりモノが継続的に供給され、これに対する対価が継続的に支払われることになります。多数の無数の取引が走る中で、各当事者が相手方の義務の履行をモニタリングしながら確認し、対価を支払ったりアクセス権を移転させたりすることを効率的に行うサービスが必要になってきます。
FinTechビジネスのうち、決済まわりで現在起こっているサービスの多くは、FinTechの以上の側面に着目したものです。そのなかでも、ブロックチェーン技術を利用した決済やスマートコントラクトは、こうしたサービスを金融事業者が提供するためのコア技術となってくるはずです。