金融審議会の決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ(「決済WG」)の2015年12月17日付け報告書案「決済高度化に向けた戦略的取組み」の解説第2弾は、リテール分野についてです。
第1回は「よく分かる決済WG報告書(1):総論」を御覧ください。
現状認識
リテール分野では、特にFinTechの動向が意識されています。各国で生まれるリテール分野の新しいサービスの特徴として、国際的なサービス展開が視野に入れられ、決済サービスの標準化をめぐる競争がグローバルに行われているということが指摘されています。また、そのプレイヤーの多様性にも触れられており、特にノンバンク・プレイヤーによる銀行業務の一部を代理するビジネスや、より総合的なリテール金融サービスを展開していることが触れられています。
WG報告書では、これを「決済を中心とする銀行業のアンバンドリング化」として捉えており、基本的な構造的変化が生じているという認識が示されています。
世界中で勃興するFinTech系企業が、多額の資金を調達し、決済を起点にこれまで銀行業務と考えられてきたものを取り込み、更に利便性の高いサービスを展開しつつあることは、WeChatやAliPayなどの動きを見れば明らかです。WGは正しい問題意識のもとで、危機感を持ってこの動きを認識しているといえます。
基本的な方向性
上記のような認識のもとで、WGでは以下の3つの大きな方向性を打ち出しています。
- 銀行に対する決済業務の革新への取り組みを促す
世界ではノンバンク・プレイヤーが決済分野を主導していることを認識しつつ、日本では、決済分野はこれまで銀行を中心としたサービス分野であるとして、銀行に対して、世界的なイノベーションの動きに取り残されないよう自己改革を進めよ、ということを言っています。世界でノンバンク・プレイヤーが活躍するなかで、日本では銀行がまず頑張れ、ということが示されているということです。ノンバンク・プレイヤーの動きを推進していく、という論調にはなっていない点には注目する必要があろうかと思います。
- オープン・イノベーションを促進
銀行が主導するという態度表明をしたものの、銀行は、決済分野で、これまでのクローズドな構造からの転換を図らなければならないと述べています。これは2つのことを言っており、1つには、銀行以外のプレイヤーとの間で競争的な決済サービスイノベーションの進展を図らなければならないということを言っています。そしてもう1つはオープン・イノベーションを重視した体制とビジネスモデルを構築していなかければならないということです。
ノンバンク・プレイヤーとの競争と協調を訴えているわけですが、ノンバンク・プレイヤーが銀行とイコールに競争するための施策が重要である、という論の展開にはなっていないということです。
- グローバル展開
アジア戦略やグローバル展開への意識づけが強調されており、スタンダードを取りにいくことでスケーラビリティを確保すること、また決済を起点として商流への連携から事業拡大を図ることで収益性向上を図っていくべきであるとされています。
銀行のビジネスモデルの革新、収益力向上は、金融庁がこれまで銀行業界の長期的課題として取り上げ続けてきたものであり、リテール分野のFinTechの動きを、この政策を実現するための重要なソリューションの1つとしてみていることがわかります。つまり、銀行に対して、決済分野でITを活用したビジネスモデルの革新を実現し、アジアを中心とするグローバル展開を行う中で、スタンダードを握ることでのスケーラビリティの確保と、決済を起点にトランザクションレンディングなど融資業務を拡大していくことで収益向上を図る、という戦略を完遂せよ、ということを言っていると読むことができます。
スタートアップ企業を含めたマルチステークホルダーによるコラボレーションを強調する米国や、政府がイノベーションの推進を後押しすることで競争が活性化し、これが利用者利便の向上につながるのであるという基本的な態度を表明する英国と、上記の日本のスタンスの違いは指摘しておきたいと思います。
銀行界の取組み
報告書では、個別行の取り組みと並行して銀行業界の以下の横断的な取り組みが紹介されており、IT関係者との連携が期待されています。
・携帯電話番号を利用した送金サービス
・ブロックチェーン技術を含む金融テクノロジーの活用可能性と課題について報告書を取りまとめ
・オープンAPIのあり方を検討する作業部会の設置
決済分野の法体系の改革
日本の決済分野では、銀行法により銀行のフルサービスによるサービスを基本として、その固有業務の一部又は隣接業務を行う事業者について、銀行法と比べて緩和した規制のもとで事業を行うことができる枠組みとなっています。すなわち、為替業務については資金決済法上の資金移動業者が、あらかじめ預けた資金を用いた資金決済については前払式支払手段の発行業者が、融資については貸金業法上の貸金業者が、それぞれ登録制により、銀行より緩やかな規制のもとで事業を行うことができます。
現行法体系への問題意識
これらの個別業務ごとに緩和された規制の内容について、規制間の整合性が問題提起されています。つまり、実際のビジネスは規制領域をまたがる形で創られており、またこれを複数の業務を一体的に提供していく傾向があるにもかかわらず、規制が業ごとに区々に分かれていることが、利用者利便を妨げたり事業選択に歪みをもたらしたりしているのではないかという問題意識です。
業法が新しい動きを視野に入れたものとなっていないことも指摘されています。つまり、決済サービスの進化により、決済サービスと融資サービスの組み合わせなど、総合的な金融サービスが出現しつつあるという状況、サービスの規模拡大とともに決済ネットワーク上の重要な構成要素となりつつある電子マネービジネスの状況が、制度の中に十分に織り込まれていないという問題意識です。
また、アカウントアグリゲーションビジネスなどを含めたPFM業者などの「中間的業者」の出現にも言及しています。これらの中間的業者については、銀行からの預金の受入れや融資・為替業務などの委託があれば銀行代理業となりますが、銀行ではなく利用者との契約に基づいてサービスが提供されるものについては、現行法上は規制がないことが指摘されています。
EUにおいては、PSD2(Payment Services Directive 2)において、アグリゲーションサービス事業者を登録制とする一方で、銀行等に対してアカウントへの接続拒否を禁止するという方向性が打ち出されていますが、この動きを意識した言及と考えられます。後述のとおり、アグリゲーションサービス事業者の規制のあり方まで報告書は具体的な言及しておりませんが、今後の動きを注視しておく必要があります。
今後の法体系のあり方
以上の問題意識を踏まえて、今後の決済をめぐる法体系のありかたは、以下の方向性が重要とされています。
- 業務横断的な規制体系の構築
複数のサービスが一体的に提供されていくという今後のサービスモデルの方向性を踏まえて、縦割りのルール作りを避けて、業務横断的な規制体系を作っていくという方向性が打ち出されました。これは後に述べます仮想通貨法の位置づけにとっても重要な指摘です。
- 中間的業者の位置づけ
中間的業者が重要な役割を果たしているという現状を踏まえる必要があることが指摘されています。これはPFM業者のみでなく、銀行や証券会社、保険会社のコアファンクション(基幹系システム)にAPIで接続される多様な中間的業者が、消費者との接続ポイントとなることで、消費者利便性の高い様々な金融サービスがきめ細かく提供されるという青写真がFinTechの全体像として想定されていることを踏まえた指摘と考えられます。この点についての具体的解決策はまだ見出されていないものと思いますが、PSP業者に関するPSD2の議論を踏まえて今後の動きを注視していく必要があります。
- 国際競争力を持った制度設計
決済サービスの国際展開を見据えた先見性のある制度とすることが指摘されています。これには日本の事業者の海外展開と海外事業者の国内展開の双方を踏まえて、ガラパゴス制度を作ってはならないという認識です。
- リスクベースの規制
業務横断的な規制とすることでかえってイノベーションを阻害してはならないという点も指摘されています。つまり、業界横断の規制とする場合、全体の整合性の観点から、個別の業務特性を踏まえた規制というよりは横並びの規制が導入されがちです。そうならないよう、規制は各業務のリスク特性に応じて導入されるべきという点を踏まえなければならないという指摘です。
重要な指摘であり、企画部門ではこうした高尚な姿勢が示されるわけですが、規則レベルや運用レベルになりますとこの当初のビッグピクチャーがないがしろにされる傾向がこれまで強くありました。規則の制定や運用実務の構築にあたっても、この姿勢がきちんと貫かれないと、報告書が懸念している自体が現実的に起こります。この点は本当に注意しなければいけません。
具体的な制度の見直し
以上のとおり、総論はかなり大上段に構えて、大きな目線での議論としていたのですが、報告書に書かれている具体的な制度の見直しとして書かれていることは、比較的マイナーなものであるとの印象です。簡単に説明していきましょう。
プリペイドカード(電子マネー)
- 電子マネー・プリペイドカードについて、電子端末型のもの(時計型の端末など)については、支払可能金額等の利用者に対する情報提供をインターネットで行うことを許容することとしています。
- 電子マネー・プリペイドカード発行者の供託額の算定のタイミングを、現状の年2回(3月末、9月末)から6月末、12月末を加えた年4回として運用することを認めることとしています。これによって、未使用残高の半分を供託しておかなければならないという規制との関係で、資金効率の向上に資するものと考えられます。
- 電子マネー・プリペイドカード業務を廃止する際に義務付けられる公告の方法に電子公告を選択することを認めることとしています。
なお、消費者委員会の建議により、電子マネーの加盟店管理義務の強化が主張されましたが、こちらについては割賦販売法の見直しの動きを踏まえて対応ということになりました。
資金移動業
海外渡航者向けに、あらかじめ入金した資金を海外の提携先ATM等で出金することができるサービスを提供する事業者が、複数のカードを発行し、そのうちの一部を廃止する場合の手続きが法令に規定されていないということで、必要な制度整備を図るとしています。
デビットカード
デビットカードを利用して小売店のレジ等で現金を受け取るサービスを日本で行うための制度整備をすすめるとしています。ATM等と同様、銀行が「預金の払戻し」を外部委託したものと構成するものです。現金の引渡しが人手を介して行われることに伴う銀行サイドの管理体制の整備が重要になります。