シュンペーターが説く経済発展と企業家の役割
経済発展と企業家の役割
シュンペーターによると、国家の経済の状況は、3種類のレベルで1つの状況から次の状況に推移し、これによってこれまで成立していた均衡が破られ、経済の発展がもたらされるものとされています。この3種類のレベルとは、以下の3つです。
- 人口増加や生産された生産手段たる機器類の増加による継続的な推移
- 自然界の異変や社会的変動、政治的介入による推移
- 実証済みのルーティ以上のものを人々が求め、現状の生活の中で新しい可能性を認識し、その実現を要求することから生まれる推移
経済発展にとって最も重要なのは、3つめのものであるものの、前2者も新しい可能性が生まれるきっかけになるという意味で、経済成長に貢献します。シュンペーターによると、3つめの推移を生む要求は、企業家機能の本質の一部であり、これを実現するための行動は、以下の5つの類型によって経済の発展に寄与するものとされています。
- 新しい生産物又は生産物の新しい品質の創出と実現
- 新しい生産方法の導入
- 新しい組織形態の開拓
- 新しい販売市場の開拓
- 新しい買い付け先の開拓
ポイントは、既存の生産力の従来とは違う活用法の実現という点にあり、これはつまり既存の生産力を従来の方法から解放して新たに結合させ活用することにあるとされ、これがイノベーションであるとしています。
このように、国家が持続的な経済発展を遂げるためには、イノベーションを創出する企業家が出現するシステムが社会に織り込まれていることが不可欠です。
企業家の資質とベンチャーエコシステム
シュンペーターは、企業家がイノベーションを起こすために不可避的に克服しなければならない点が2つあり、1つは、新しい道を進むことそれ自体の客観的・主観的困難性、2つめはこれに反対する周囲の社会の抵抗であるとしています。
このことから、シュンペーターは、企業家はリーダーとしての機能を持たなければならず、これに重要なのは、第一に意志の強さ(支配の意志・勝利への意志)であり、知的資質(視野の広さ、賢さ)がその次に来ると言っています。
こうした資質を持ったリーダーとしての企業家が、①何をすべきかという決定と、②この決定をどう実行していくか、について道筋を示すことが大事だと指摘しています。
シュンペーターの説くところとして注目すべき点の1つとして、企業家が資本家であることは必要条件ではないとしていることがあります。つまり、資金的な投資リスクを負うのは資本家(キャピタリスト)であることを前提としているのです。
もう1つ、シュンペーターの指摘として重要なのが、企業家は群生的に出現するという点です。上述の通り、企業家は、既存社会からの抵抗を受けることが宿命付けられているとされていますが、新しい企業家が遭遇する抵抗は、社会が新しい企業家の出現に慣れるに従ってどんどん小さくなってきます。その結果、成功する企業家が多くなるに従って、企業家になるために必要な資質要件・ハードルは下がって行きます。これによって、ますます多くのイノベーションが生まれるという好循環が出来上がるとしています。
企業家の成功が次の企業家を生み出す原動力になるという指摘は、IT興隆期の経験を見ると日本でも経験的に納得できるものです。ただし、こうした動きはともするとバブルないし一過性のブームにとどまってしまい、ひとたび何かネガティブな事象が起こってしまうと、急速にその勢いはしぼんでしまうことも我々は経験しました。また、他のセクターで信用収縮が起こってしまうと、たちまちベンチャー投資市場は細ってきてしまうことも体験しました。困ったことに、本来、こうした経済の停滞といった外部環境は、新しいイノベーションの芽を生み出すきっかけとなるものなのですが、リスクキャピタルの供給環境がこれについて来られず、企業家機能が十分に発揮できない状況にあるというのが、現在の日本の状況であるように思います。
この状況を変えていくためには、ベンチャー企業の出現→成功事例(イノベーション)の出現→新たなベンチャー企業の出現→ますます多くの成功事例(イノベーション)の出現、というシュンペーターの指摘した好循環を、企業家人材、投資家人材、アドバイザー人材がシステムとして統合し、全体としてシステムとして自律的に回るような、いわばベンチャーエコシステムを構築することが不可欠であるように思います。
このエコシステムを高いレベルで完成させているのが、いうまでもなくシリコンバレーです。世界には、実に色々な国や地域で、シリコンバレーモデルを真似ようとする努力が行われて来ましたし、今も行われています。しかしながら、制度やモデルというのは、その国や地域の歴史的・文化的な背景を基礎とした人々の集合認知をもとにしか構築されませんので、シリコンバレーモデルをそのまま日本に持ち込むということはあまり現実的ではありません。これは、数多いる企業がトヨタ生産方式を真似ようとして挫折したというのと似ています。 そうではありますが、実際にシリコンバレーでベンチャー実務を経験した立場からすると、日本では、ベンチャーエコシステムの構築に向けた努力が足りなすぎると感じます。トヨタ生産方式を生み出したトヨタがその方式を改善するため不断の努力をしているのと同様、シリコンバレーのエコシステムも、これを維持し改善するため関係者が不断の挑戦を続けています。
日本でベンチャー企業がイノベーションと経済発展の担い手として確固たる地位を築くためには、ベンチャーセクターを一つのシステムとして捉えて、これが持続可能な形で継続的に回る仕組みを作るための関係者全員の努力が不可欠です。
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- 創業者利益発生のメカニズム
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