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2015.11.26

過半数保有へのこだわりが意味するもの

過半数保有にこだわる日本の起業家

シリコンバレーと日本の企業家のマインドセットの大きな相違の1つとして、議決権比率へのこだわりがあるといわれています。

日本の企業家は、VC投資を受け入れるとき、創業メンバーの議決権比率が将来にわたって50%を下回らないことを確約して欲しいとの条件を出すことが多く見られます。

これに対して、シリコンバレーの企業家は、VC投資を受け入れる以上、創業メンバーの議決権保有比率が過半数を割ることになるのは当然であると考えています。

日本の企業家が議決権比率の過半数保持にこだわるのは、会社の支配権をVCに奪われないようにするため、もっと言えば自らが経営者の地位を逐われないようにするためと考えられます。 では、シリコンバレーの企業家が会社の議決権比率にこだわらない理由はどこにあるのでしょうか。

これには3つの側面から説明可能だと思います。

起業家が支配権を手放しやすくする仕組みの組み込み

第1に、起業家自身が立ち上げた会社の経営者としての地位に強くこだわっていないということが挙げられます。これは、経営者に求められる資質は、会社の発展段階によって異なるという認識が、クラスタとしてのコミュニティ内で当然のこととして共有されているということがあろうかと思います。つまり、事業の立ち上げが得意な人、立ち上げた事業を伸ばすのが得意な人、大きくなった組織をマネジするのが得意な人がおり、会社が次のステージに上がったらこれにふさわしい人が経営を行えばよいという考えです。

このような考え方が共有されている背景には、1つにはまた新たな会社で新たなチャレンジをすることができる環境があることがあります。

もう1つには、より重要なことに、途中で会社を離れても企業家が損しないアレンジがなされていることがあります。つまり、ベンチャー企業は「創業者利益発生のメカニズム」で説明するような資本構成をとるため、企業家が途中で会社を離脱し株式を売却しても、企業家に必ずキャピタルゲインが発生するように作られています。また、後任の経営者が次のステージを引っ張っていくのにふさわしい人物であれば、企業家は株式を保有し続けることで、自らの努力によらず、将来、より大きなキャピタルゲインを期待することができます。逆に言えば、このキャピタルゲインの保証があるがゆえに、会社を離れて次のビジネスを立ち上げることができるともいえるでしょう。

ベンチャーファイナンスを正しく建てつけるためには、投資家の権利を経済的に合理的な形で規律することと同じくらい、創業者の権利を経済的に合理的な形で規律することが重要です。これが、このブログの大きなテーマの1つですので、この点については該当箇所の説明をお読みください。

「支配権は関係ない」とする考え方

第2に、コーポレート・ガバナンス理論によると、一定の条件が整った場合には、VCを始めとする外部投資家の議決権保有比率の如何によらず、経営者がその意に反して会社を逐われるという事態が生じなくなることが知られています。

ベンチャー企業のガバナンスモデル」でご説明した、経営陣、労働者、エクイティ的に物的資産を所有する投資家の三者関係を分析する枠組みで説明しましょう。

まず、ベンチャー企業のモデルとして、経営陣と労働者はチームとして技術、ノウハウや経営戦略といった認知資産を共有するモデルからスタートします。開発が進捗し、販売戦略や技術戦略など、より複雑なタスクが増えてくると、経営陣、労働者の認知資産は、それぞれ焦点を絞り込んで活用されるようになります。この際、経営陣がリーダーとなって労働者に単純作業を行わせるという分業であれば、労働者は代替可能な存在として経営陣との間でヒエラルキーをなすわけですが、事業がより複雑な知識産業の場合にはそうはいかず、労働者が固有に保有する高次の認知資産(技術、ノウハウ等)が生じます。これにより、経営陣は、投資家から託された物的資産に対する使用コントロール権だけでは予定された生産ができない状況が生じます。

つまり、経営陣、労働者はともに、物的資産の使用コントロール権だけでは予定された生産活動を行うことができないため、経営陣は自らの戦略を実行するのにふさわしい労働者と連携する必要があり、労働者は、自らの生産性を発揮するのにふさわしい戦略を持った経営陣と連携することが必要となります。

この場合、経営陣と労働者の双方にとって、自らの目的を達成するのにふさわしい相手方と連携をとることが必要不可欠となり、物的資産への使用コントロール権は二次的なものとなってきます。このような状況に至ったとき、投資家が物的資産をエクイティ的に所有しているという事実は、大きな意味を持たなくなってきます(Ownership does not matter)。

極めて簡単にいえば、知的創造が決定的な意味を持つような事業モデルでは、経営陣と労働者の間に相互に不可欠な関係が築かれた場合、この経営陣が会社から離脱してしまえば、投資家は把握していた企業価値の大半を喪失するというダメージを受けてしまう以上、投資家は経営陣を会社から放擲することはできなくなるということです。

知的創造が決定的な業態である場合、経営者と労働者の間に相互的不可欠な関係を築けるかどうかは、多くの場合経営者次第であるともいえます。シリコンバレーの企業家は、Ownership does not matterという領域(平たく言えば「この会社は自分がいないともたない」という状態)を合理的に認識しているため、議決権保有比率(Ownership)に固執しないのだという見方もできます。

ベンチャーファイナンスの仕組みからくる理由

第3に、創業者による議決権保有比率の過半数維持は、VCファイファンスを進める上での大きな制約になるといえます。

ベンチャーファイナンスでは、当初ノミナルな価格で創業者が一定の普通株式を保有し、事業計画を評価したエンジェル投資家が開発段階のシードマネーを投入し(シリーズAファイナンス)、その後市場投入のための資金、マーケティングのための資金、上場に向けての組織体制構築のための資金をそれぞれシリーズB、シリーズC、シリーズDといった形で種類株により調達し、IPOに向かいます。もし、創業者が追加的な株式を購入しない場合、議決権保有比率を過半数に維持しようとすると、シリーズAからシリーズDまでの発行総数は、創業者が当初取得した普通株式の数を超えることができません*。

このような制約のもとでは、事業計画通りに事業を成長させるに足りる資金の調達はできないことが多いのではないかと考えます**。  創業者が株式を買い増せばよいと思うかも知れません。しかし、事業が成長するに沿って会社の株式価値は上がっていきますので、創業者は相当な資金力がなければ株式の買い増しはできません***。そのような資金があるのであれば、初めからベンチャー資金は不要だったのではないかということになってしまいます。

* 実際には従業員に対してストックオプションを発行しますので、その分の調整が必要です。また、議決権保有比率を保つため複数議決権株など技術的なアレンジは不可能ではありませんが、これらが発行されている会社に通常のVCは投資しません。

** 当初に創業者の引き受ける普通株式を多くすればよいではないかと思われるかもしれませんが、VCの引き受ける種類株式の1株あたり株価が低下するだけですので、これは解決策とはなりません。株式総数によって企業価値が変わることはないので当然のことではありますが、念のため。

*** 創業者に対してのみ差別的に公正価格を下回る株式発行をすることは、既存投資家から創業者への企業価値の移転になってしまいますので、ベンチャー投資の文脈では考えられません。また、ストックオプションは従業員の報酬として発行するものであり、既にノミナルな価格での普通株式を取得している創業者に対し、上場実現前に更にストックオプションを発行するということは、通常行われないと理解しています。

以上のような理由により、シリコンバレーの創業者は過半数の議決権保有にはこだわりません。

日本のベンチャー企業は…

上記の状況は、このサイトで意味するところの「ベンチャー企業」を志向する日本の創業者にとっても基本的に同じです。少なくとも、「基本的に同じ」という状況にならないと、日本に持続可能なエコシステムとしてのベンチャーの仕組みは作れないように思います。

知的財産権でも似たようなことが起こりますが、日本人は所有することが好きな民族性のようです。所有することによってなんとなく安心感を得られる気持ちは理解することができますが、その所有によって実質的に得ているもの、また所有によって失っているものにも目を向ける必要があります。

ベンチャーファイナンスは、不確実性が高い事業に投資する分、裏に多くの投資家を抱えているVCファンドには、投資に値すると判断する合理的な理由が必要です。そのような投資である以上、創業者もベンチャーファイナンスがなぜこのような仕組みとなっているのかをよく理解し、VCファンドに対し、創業者として真に確保すべきものを確保する合理的な交渉をするべきです。

上記のような枠組みで創業者の実質的な利益が確保されているベンチャーファイナンスであれば、創業者が議決権保有比率の過半数維持にこだわる合理的な理由はないのではないかと考えます。

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