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2015.11.26

創業者利益発生のメカニズム

創業者利益の確保がベンチャーエコシステムのキモ

ベンチャー企業と創業者、投資家の三者についての利害関係(投資とリターン、監視の関係)については「起業家とベンチャー企業との関係」投資家とベンチャー企業との関係「投資家と起業家との関係」でご説明しました。この関係を念頭に、創業者利益発生のメカニズムを見てみたいと思います。

管理人は、創業者利益の発生のメカニズムを創業者が正しく理解し、ベンチャーエコシステムの中で創業者利益がどのような役割を果たすかについて、VCやアドバイザーを含むベンチャー関係者が理解を共通にすることが、ベンチャーエコシステムを築くための肝になると考えています。なぜなら、創業者が正しく創業者利益を確保できる仕組みこそが、イノベーションを通じた経済成長という経済全体にとって重要なミッションを負う創業者に、起業という選択肢を取らせる強いモチベーションを生み出すものだからです。創業者は、創業者利益の発生メカニズムの強烈さを理解すると共に、これが濫用されない仕組みについても正しく理解し、契約設計上、自らがどのようなインセンティブ付けをされているのかを理解する必要があります。

創業者利益はキャピタルゲインによって生み出されますので、まずは、ベンチャー企業の企業価値と株式価値の考え方についてご説明したいと思います。

ベンチャー企業の企業価値上昇の仕組み

第1に、ベンチャー企業の企業価値は、風船のようなものです。つまり設立当初は、しぼんだ風船のようにベンチャー企業は空っぽです。創業者は、事業計画書を手にエンジェル投資家をまわり、エンジェル投資家は事業計画に値付けすると、風船は事業計画への値付け分だけ膨らみます。そして、エンジェルから予定通り開発費用を調達すると、風船は更に調達金額分だけ膨らむことになります。調達額は、開発が成功する確率と失敗する確率を考慮してディスカウントして算定された事業計画の値付けに基づいているため、会社が予定通り開発を成功させると、風船は調達額によって膨らんだ分から更に膨らむことになります。

この膨らみ分と次のステップの事業計画(例えばマーケティング計画)を考慮して、この段階の風船の大きさ、つまり会社の企業価値を評価するのがVC投資家です。VC投資家は、この段階の企業価値を前提に出資額を判断し、この出資を受け入れることにより、風船は出資額分膨らみます。こうした活動を重ねて風船が十分な大きさになったところで、会社を上場させる等することにより、膨らんだ風船の割合的な持分である株式を流動化させ、これを売却することでめでたく創業者利益が実現することになります。

バリュエーションによる企業価値の顕在化

上の風船の例で、風船の膨らみ方に二種類あることに注目してください。1つは、投資家から資金調達したときに調達金額と同額分、風船が膨らみます。これはとてもわかりやすく自明のことです。ではもう1つは?

もう1つは、投資家がお金を入れる前に、その時点の企業価値を評価することによって風船の膨らみが観察されます。具体的には、上の例では、エンジェル投資家が事業計画を値付けしたとき、VC投資家が開発物と今後のマーケティング計画を持った会社の企業価値を評価したときです。

バリュエーションについては、ベンチャー投資のとても重要な要素ですが、本サイトは企業価値の算定方法をご説明するサイトではありませんので、これについての詳細はご説明しません。企業価値の算定方法は色々とありますが、例えば類似会社を参照しつつ、予測されるキャッシュフローを一定の割引率で割り引いて算定するということが考えられます。いずれにせよ、投資を受ける際に、投資家が考える企業価値評価と創業者(CFO)が考える企業価値評価をもとに、双方が話しあって価格が決まります。この時の会社の価値(資金投入前の価値という意味で「プレマネー・バリュエーション」、又は略して「プレマネー」などと呼ばれます。)が、創業者利益の源泉です。つまり、お金を入れたわけでもなく膨らんだ分は、創業者が、失敗するかも知れない不確実性の高いプロジェクトを一定のマイルストーンまでやり遂げたことによるものです。

ベンチャー企業の株式価値上昇の仕組み

第2に、ベンチャー企業の株式価値は、こうして膨らんでいく風船の割合的持分の価値です。株式価値の考えは風船では分かりづらいので、ベンチャー企業を、先ほどの風船の要領でどんどん大きくなっていく丸いパイだと思って考えてみましょう。

設立当初、パイは手のひらに乗るほどの大きさです。そして、1株あたりのパイの大きさは、パイ全体を創業者が持っている普通株式の数分に等分したものです。普通株式は相当数発行しますので、1株あたりのパイの大きさはすごく小さいことになりますが、すべての株式を創業者が持っていますので、創業者としてはパイをまるごと1個持っているということになります。

次にエンジェル投資家が事業計画に値付けした段階を考えます。この段階ではまだ創業者のみが株主ですが、パイの大きさはぐっと大きくなり、パイの1スライス(1株あたりの株式価値)も等倍だけ大きくなっています。エンジェル投資家が投資によって獲得する株式の価額、つまり1株あたり払込金額は、このときの創業者の1株あたり株式価値と同額です。つまり、投資により、1スライスの面積が変わらないまま投資額分だけパイが大きくなりますので、創業者の持っていた1スライスのパイは、半径が長くなる代わりに角度が小さくなります。その次のVCラウンドで起こることも、原則としてこれと同じです。

注意すべき点として、プレマネー・バリュエーションをもとに算定する1株あたり株式価額は、完全稀釈化ベースで算定するのが実務です。つまり、潜在株式であるストックオプションを発行していた場合(又は発行枠をとっていた場合)、ストックオプションをすべて行使したものと仮定して総株式数をとり、プレマネーをこの総株式数で割って株式価額を算定します。また、投資家が取得する株式は優先株式です。

優先株式については後ほど説明しますが、発行時点では、通常1株の優先株式は1株の普通株式に転換することができるものとされています。つまり転換比率は1:1です。したがって、すでに投資家がいる場合は、優先株式を1株と見て総発行数をとります。この転換比率は、ダウンラウンド投資、つまり、次回のファイナンスでの1株あたりの株式価額が今回の1株あたりの株式価額よりも低かった場合には、調整されることになっています。この調整についても後ほど説明しますが、例えばAラウンドでA種優先株式を1株500円で発行した後に、Bラウンドのプレマネーが十分つかず、B種優先株式を1株あたり300円で発行することになったとき、A種優先株式の転換比率が調整されます。例えば調整によってA種優先株式1株につき普通株式1.2株割り当てることになるなどします。完全稀釈化ベースとは、この場合にはA種種類株式1株を1.2株として総株式数を計算することになります。

優先株式と普通株式の価格差

上記では、普通株式と優先株式が同じ価格であるかのようなご説明をしましたが、これは実態を半分しかご説明していません。

IPO時には、優先株式は普通株式に強制転換されるため、この時点では両者は同じ価格となることは明らかです。では、IPO前の価格はどうでしょうか。

IPO前に優先株式と普通株式の価格差が重要になるのは、M&Aによるエグジットの場合や、税制適格ストック・オプションの行使価格の算定のときなどが挙げられます。IPO前の潜在的株式価値は、その時点での企業価値を普通株主と優先株主との間で分配した場合にどのような分配割合になるかによって決まると考えるのが、少なくとも米国での考え方です。極めて当然、合理的な考え方と思われますが、日本では必ずしも自明ではありません。これは税務上の種類株式の評価実務が関連する問題で、管理人から見ると、同族会社に関するものの見方がベンチャー企業一般に及んでしまった議論のように見えます。このような混同が生じる遠因は、日本のベンチャー企業は起業家が支配権保有にこだわることにもあると思いますが、この点は別に触れたいと思います。

いずれにせよ、優先株式と普通株式の価格は異なり得て、その結果、IPOまでの間は、創業者と投資家のパイ1スライスの大きさは、投資家のパイの方が大きいと考える余地があるということをここではご理解いただければと思います。この点の詳細は「優先株式の基礎」でご説明します。

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