このサイトは、低成長に喘ぐ日本経済の現状からの脱却のためには、企業家精神を存分に発揮したイノベーションの連鎖が日本に起こらなければならないという考えのもと、「日本のベンチャー実務の合理的なあり方」がどんなものであるかについて、管理人なりの考え方を皆さんと共有してみたいという思いで立ち上げたものです。
管理人の友人のある革新的なベンチャーキャピタリストは、シリコンバレーの実務が事業モデルに合わせてどんどん変革を遂げていく様子を横目に見ながら、日本のベンチャー実務の現状を嘆いて「日本のベンチャー実務は少なくとも10年間はほとんど変わっていない」と言います。企業家にイノベーティブな事業アイディアをと慫慂するベンチャーキャピタリストの多くが、ベンチャー実務のイノベーションに関心を持たないのは不思議なことです。
(注)誤解のないように言うと、投資事業有限責任組合法の整備やモデル契約とその解説の公表などを経て、ベンチャーファンドの仕組みは相当改善されましたし、ベンチャー投資に種類株を用いる案件は増えてきました。その意味で、ベンチャーキャピタリストは、制度面の整備に合わせる形で新しい手法を投入する努力を続けています。友人が言いたかったことは、おそらくそういう技術的なことではなく、ベンチャービジネスのビジネスモデルなど、もっとイノベーションと呼ぶに値する部分での変革のことだと思います。
法制度が原因か
制度面を見ると、もちろん、この10年間には、政府が音頭をとって進めた色々な制度の導入が図られましたし、会社法も多少は使い勝手が良くなりました。管理人は、財務相や経産省、文科省の人たちともよく話しますが、彼らは口を揃えて、「諸外国でやっている程度のベンチャー振興制度は日本でも既に導入済みである」と言います。
実際、中央官庁では、政治が何か大きな政策の方向性を出すと、各官庁は自分が所管する法律や制度の中でこの方向性に合致するものを「タマ出し」と称してボトムアップで上げていきます。過去に何度も「ベンチャー振興策」が政策テーマになったことを考えれば、こうしたタマ出し作業がこれまで複数回にわたって各庁で行われてきたことは想像に難くなく、これが各庁の官僚たちの前述の言葉の背景にあると思われます。色々と思うところはありますが、実際に中央省庁の事務に携わってみて、管理人としても、ベンチャーとは全く逆のメンタリティにある中央省庁としては、制度面では彼らなりの頑張りを見せたのではないかという気がしています。
(注)実のところをいえば、色々と繰り出される政策は、そもそも「ベンチャー企業」とは何なのかという点の捉え方が違うことから、管理人が考えるベンチャー企業の枠組みからすると、トンチンカンなものが多いという印象があります。これは「ベンチャー企業」というカテゴリの多義性を踏まえて政策を立案していないことによるものですが、このような政策の打ち出され方は、何も日本に限られないようです。資金調達と投資回収の観点からベンチャー企業をいくつかに類型分けした上で、それぞれについての想定されるエコシステムのボトルネックに当たる部分に政策をぶつけていくというのが、政策面での正しいアプローチだと思います。
管理人が考えるところのベンチャー実務のイノベーションを起こすためには、法制度面の改革は少なくとも必要条件ではありません。また、成功したベンチャーエコシステムが存在していない現状で、正しい政策が打たれることを期待するのは難しいでしょう。
日本はベンチャーに向かない風土なのか
ベンチャー実務に携わる人、特にシリコンバレーなど海外の実務に触れたことがある人からは、風土の違いについて指摘を受けることがあります。曰く、日本の風土はベンチャー企業に合わない、と。成功者を素直に賞賛しない国民性、リスクを取れない国民性、大企業重視の国民性云々云々…
確かにもっともなようにも思いますが、管理人にはこれが現状を放置してよい理由になるとはどうしても思えません。単なるベンチャーという一業界の問題ということであれば、大した経済規模があるわけでもないし、風土でも何でも理由にしてあきらめてもいいのかもしれません。しかしながら、管理人としては、ことは日本経済の浮沈の問題であると信じており、風土といった分かったような分からないようなものを理由に、とても現状を座視していいとは思えないのです。
システムの組込みという発想
管理人の考えるところ、「企業家精神を存分に発揮したイノベーションの連鎖」を日本に起こすためには、日本の風土云々ではなくこれを可能にするシステムを日本に組み込むという作業が必要です。このようなシステムをこのサイトでは「エコシステム」「ベンチャーエコシステム」と呼んでいますが、アドホックにではなくその時代に適合した革新的な事業がタイムリーに生まれてくるためには、そのようなものが生まれてくるシステムが必要というのが管理人の発想です。
新たな均衡点への移行可能性
システムというのは、他国のものを移植すれば済むという単純なものではありません。現在のシステムは、各国の文化的・歴史的な背景を踏まえた総合的な均衡として存在するものですから、構想する新システムが既存のシステムの進化形としてあり得るものでなければ、定着しないか、または本来の意図通りには動いていきません。
では、日本の現在のベンチャー実務の進化形として、ベンチャーエコシステムの形成というのが新たな均衡点としてありうるのでしょうか?管理人は「ありうる」と考えています。その背景、時代的な状況については、「必修知識」の中で様々に触れていますが、例えば以下のものが挙げられます。
・日本の製造業が今、曲がり角に立たされています。とりわけ、これまでのクローズドな垂直的統合(擦り合わせ)モデルを前提とした製品デザインは、モジュール型のモデルに駆逐されていく場面が増えてきます。クローズドな擦り合わせモデルが劣勢に立たされているのは、情報革命によってオープンなモジュール型の製品デザインを採用する企業にスピード面でも投資リスク管理面でも太刀打ちできなくなっているからです。擦り合わせ型がもっとも功を奏している産業である自動車産業ですらも、駆動系等が電気化されることによって、長期的にはパソコン型の組立て産業になっていくかもしれません。こうした既存モデルの転換は、かつて米国でコンピュータの世界で起こったものと類似しており、クラスターとしてのベンチャー企業群が日本の製造業を支える時代の到来を予想させます。
・IT産業は、ますますモジュール型のアーキテクチャに傾斜していくことが確実です。成功したウェブサービス会社は、どれも自社のサービスをプラットフォーム化し、この中で多くの企業がアプリケーションを提供してビジネスを行うというモデルを志向しています。ソフトウェアの世界では、同じモデルは任天堂などゲームのコンソールメーカーやマイクロソフトなどが展開していましたが、今やAppleやFacebookをはじめGree、DeNAなど多くのコンシューマ向けサービスが同じ道を進んでいます。ビジネス向けでも、Salesforceなどはそのような方向を志向しているようにも見受けられます。こうしたモジュールの担い手としてベンチャー企業群が必要であり、その中から新たなプラットフォームを構築する企業が生まれてくることになります。
・2000年くらいまでにITで起業した第一世代のビジネスが安定飛行に入っており、エンジェルまたはファンド投資家としての役割を果たせそうな第一世代の人たちの人数が相当程度増えてきています。
・あるべきベンチャー企業のガバナンスモデルは、伝統的な日本企業のガバナンスモデルとの類似性があり、正しい動機づけをすることができれば、現在の均衡点を新しい均衡点に移行させることが可能です。
・優秀な学生たちの中の先端の人たちは、日本の既存の大企業の将来には希望を持てないのではないかと薄々気づいており、起業志向を強めている人達がいます。しかもこの起業志向は、第一世代の時のような浮き足立ったものではなく、合理的な計算のもとに、就職よりも起業することによる便益の方が大きいと判断している人たちも少なくありません。
・特にアーリーステージにおいて、かつての銀行系ベンチャーと言われていた日本独自のVCから、シリコンバレーなどと同様の独立系VCへと、活躍するVCのパワーシフトが起こってきています。
・ソーシャルメディアの発達により、ベンチャーコミュニティ内の情報共有をより深く広く、しかも低コストで行うことができる基盤が整いつつあります。
どのようにワークするのか
こうした状況のもとで成り立つベンチャーエコシステムとは、基本的にお金と人の流れに関するものです。その中身は非常に色濃いものなので、単線的に説明することができるものではないのですが、イメージのために敢えて一本線で説明するとすれば、次のとおりです。
① ベンチャーエコシステムを理解した優秀な創業者(優秀な学生、かつて起業に挑戦した起業家の再チャレンジ等を想定)が新ビジネスを考案。または企業の研究開発部門の担当者が、新しい技術を用いたビジネスモデルを考案したものの、企業のバリューネットワークに適合しないとして社内での事業化が見送られ、起業を決断。ベンチャーファイナンスを含めたベンチャーエコシステムがどのような仕組みとなっているかの情報は、ベンチャーコミュニティ情報共有基盤から高いレベルで得られる状態になっている。
② 創業者がチームアップして起業。起業パートナーもベンチャーコミュニティ情報共有基盤からの情報を得てチームアップが可能。設立からシードマネー調達までの間、リーガルサービスを含む周辺サービスは低廉な価格で受けられる。
③ 創業者が主導でシードマネーを集める。エンジェル投資は、創業者について十分な情報を持った、ビジネスに対する目利き能力のある起業家OBなども想定。創業者に関する情報は、ソーシャルメディアやコミュニティ情報連携基盤から入手可能な状態にあり、信用供与に足りる人物かどうかを見極めることができる。
④ シードマネー調達から次のラウンドへ進めるかどうかで、ベンチャー企業の淘汰が行われる。予定通り開発を進められた場合には、これを引っさげて本格的なVC投資のフェーズに入り、その資金を元にマーケティングを進めていく。
⑤ マーケティングを進めていく中で、販売先との間のストラテジック投資が行われたり、プラットフォーム業者や総合的なモジュール製作業者による買収が進む。買収されたベンチャー企業の創業者は、買収企業に残るか、買収によって得た資金をもとに再度新しい事業を起こしたり、経験を生かして他のスタートアップの起業メンバーに参画。
⑥ 株式公開に必要な組織・人員体制の整備のために最終ラウンドの資金調達、新規株式公開へ。創業者やストックオプションを付与された従業員は、上場により得た利益の一部をVCファンドに投資するか、自らがエンジェル投資家となって新事業に投資。
ボトルネック
ベンチャー企業は、一旦事業が回り出しさえすれば、あとは能力や人の縁などを様々に活かしていろいろな展開がありえます。このシステムを作り上げるにあたって決定的に重要なのは、ベンチャー初期の段階、上の説明で言えば①から③の段階です。ここは、不確実性がとても高いフェーズであり、VCを含め、ビジネスとしてベンチャー企業を支援する人たちは、自ら手をつけることが難しいフェーズです。逆に言うと、この段階で敢えてビジネスとしてベンチャー企業への支援をする人たちは、成功した場合に創業者に準じるようなアップサイドがなければ、事業として割に合わないということになります。ベンチャーエコシステムの創造にとって、このスタートアップの段階をシステマチックに回すようにすることが大きな課題となります。
(注)シリコンバレーの最近の革新として、スタートアップの部分を非常にシステマチックに回そうという試みが、ポール・グラハム氏らが始めた、いわゆるYCombinatorモデルです。YCモデルは、それ自体革新的なモデルですが、シリコンバレーに既に存在するシステムを前提として、その上に構築されたいわばモジュールであると管理人は考えています。YCの投資モデルと日本での応用可能性についても本サイトで今後触れられれば触れたいと思いますが、日本でまず進めなければならないのは、ベースとなるシステムの構築です。
ボトルネック解消に向けて
現状①から③がうまくシステマチックに回らない理由について、管理人は投資家と起業家の関係があるべき姿になっていないことにあるのではないかと考えています。「創業者利益発生のメカニズム」で説明したとおり、投資家と起業家は成長したベンチャー企業というパイのスライスを分け合う関係にあり、ベンチャー企業が残念ながらうまく行かなかった場合にそのリスクを分け合う関係にあります。投資家と起業家が行っている投資とそのリスクの関係は、原則型としては「起業家とベンチャー企業との関係」にあるとおりです。このような関係、そしてベンチャービジネスを行うためにはまずもって起業家がいなければならないという当たり前の事実から、ベンチャー実務をより起業家目線で考えるべきであると管理人は考えます。
もちろん、投資家は自らの利益を確保することが第一ですので、起業家とパイを分け合う関係にある投資家に対して起業家目線のみを訴えても、効果はありません。まず起業家自身が、日本のベンチャー実務の現状と論点を正しく理解し、起業家として確保することが当然な利益を確保するために、理論武装をしなければなりません。起業家は、一般に、この部分を専門家にアウトソースすることはできないと思ったほうがよいと思います。そもそも、日本には、日本式のベンチャー実務にしか携わったことがない専門家がほとんどですし、海外のベンチャー実務に携わった経験のある専門家を雇うのは、特にスタートアップの段階の企業にはコスト的に厳しいというのが現状です。そうである以上、起業家は、自らでその基本的な知識習得に努めるか、これらの知識がある人を起業パートナーとして参画させるべきだと思います。
行動ビジョン
起業家の知識習得にまず言及しましたが、起業家だけが苦労すべきであるとは管理人は考えておりません。起業家の知識習得が必要と言っても、その知識は一体どこでどのように得れば良いか、ということを考えるだけでも、このような提案はともすれば無責任なものとなってしまいます。
提案が無責任なものとならないようにするために管理人ができること、その第一歩がこのサイトを開設することでした。
「このサイトは起業家のためのサイトである」と管理人がトップページで謳っている理由は、ここにあります。
このサイトに書かれている内容は、一部、日本の実務家の人が思っていることと異なるところがあるかと思います。それを敢えてそのような実務の人の認識と異なる説明をしているのは、ファイナンス理論やガバナンス理論から考えれば、本来こうあるべきであり、起業家には本来のあるべき論の立場から投資家と交渉してもらいたいと、管理人が考えているからです。そのような理由で、説明はなるべく論理的に、多少難しくても起業家の方がしっかり読めば分かるように、記事を書いていくつもりです。
管理人ができることは、微々たるものです。ベンチャーエコシステムの創設のためには、むしろ、起業家に限らずベンチャー実務のプレイヤーにたのむところがほとんどです。その意味では、このサイトを開設したところで、提案に対して責任をもって対処したとはとても言えないのですが、ボトルネック解消に向けての行動ビジョンとして管理人が考えるところを披露することをお赦しいただければと思います。
ベンチャークラスターごとの情報連携基盤の創設
例えばウェブビジネスであれば、ウェブビジネスの起業家予備軍、ベンチャー創業者、成功・失敗を問わず第一世代の人達、大学教授などの専門家、ベンチャーキャピタリスト、ウェブビジネスに詳しい法律・税務・会計の専門家などが、網の目のようなネットワークを作って、クラスター単位で情報の共有・連携を図ることが大事です。このようなネットワークは、構成員内部での情報レベルが上がるということだけでなく、大きな正の外部効果を発揮します。具体的には、例えば以下の効果が期待できます。
・新たに事業を開始しようとする起業家予備軍に対し、必要な人的リソースを紹介することで、欠けていた能力を埋める事業パートナーに出会えたり、専門的な見地からの一次的な検討の機会を得たりすることができ、事業の成功の確度が高まります。こうした過程を経て事業の不確実性が少しでも軽減することは、投資家にとっても大きなメリットがあります。
・起業家予備軍をネットワークに組み込むことで、起業家予備軍の知識レベルの向上に役立ちます。これは将来、起業家予備軍がより質の高い事業アイディアを創り上げることに貢献し、そのベネフィットは当然投資家にも及びます。
・起業家予備軍を早くからネットワークに組み込むことで、ベンチャー企業の最大の不確実性ともいわれる創業者の人格に関するリスクを軽減することができます。ベンチャーキャピタリストの谷家衛さんは、ベンチャー企業が成功するかどうかの唯一の判断ポイントは創業者がどんな人かという点にあるという趣旨のことをおっしゃっていますが、ことほどさようにベンチャー企業にとって創業者の人格は重要です。企業家としてのマインドを持っているか、過去にどのようなチャレンジをしてきて、その成功や失敗に対してどのように対処したか、といった起業家の情報をネットワーク内から入手することができます。これは、シードマネーの投資家を呼び込むために特に重要な機能です。
・クラスター単位でベンチャー実務を標準化・簡素化することができます。ネットワーク内で投資をして、成功した起業家はまたネットワーク内で今度は投資する側に回る、というシステムを構築し、アドバイザーもこれに巻き込むということは、当事者全員が繰り返しゲームを行っている状態を意味します。こうなりますと、ベンチャー実務は標準化し、効果の乏しい契約条項はそぎ落とされ、不合理な条項の提案は却下されます。
では、このような情報連携基盤をどのように作ればよいでしょうか。もちろん1つには、ベンチャーキャピタリストが主催する様々な会合などは重要な基盤となるでしょうが、これだけでは厚みが足りません。様々に散らばった関連情報を集約し、キュレートするような機能は最低限必要となるでしょう。
さらに、こういうものにこそソーシャルメディアがうまく活用できるのではないかという気がします。現在は、ソーシャルメディア上には、ベンチャーキャピタリスト対その他関係者という図柄の複数のつながりがある状態のようですが、その他関係者間の連携が図られるような体制は重要だと思います。このサイトを開設するとき、サイトにはソーシャルな機能を付けようと当初から考えていましたが、その理由はこの関係者間の連携という課題に管理人なりに取り組んでみたいと思ったからです。
いずれにせよ、この仕組みづくりにはITの専門家や関係者を巻き込んだ仕掛けが必要です。仕掛け作りの達人と組んでぜひ進めてみたいと思っていますので、志を同じくする方がいらっしゃれば、ぜひ議論させていただければと思います。
シリコンバレーと日本とで実務を行い感じたことの1つに、シリコンバレーでは人脈を共有して他の人にも利用してもらうことを誰もが実践しているのに対して、日本ではどちらかというとこれを温存するというか独占する感覚が強いようだということがあります(客先や取引先の紹介などはされているようですが、これをさらに進めた開発や事業展開に関する紹介などは特にその傾向があるようです。)。下手な紹介は紹介先にも迷惑がかかるという感覚が先に立つのかも知れませんが、管理人としては、人との出会いは化学反応のようなもので会ってみなければ分からない、というオープンドアの感覚のほうが、ベンチャー産業には向いていると感じています。
創業者が主導するシードラウンドの実現環境の整備
モデル的なベンチャーファイナンスの図式では、シードマネーの調達は、エンジェル投資家から募ることが想定されています。エンジェル投資家というものが当初想定していたのは、大学の研究室の指導教官であったり、親族であったりという起業家の身近な人物でした。まだ何の開発も行われていない事業計画だけの会社にお金を投資することができるのは、起業家の人柄や能力をよく理解した人でなければ難しいという、信用供与にとってある意味当然のことだろうと思います。エンジェル投資家の概念はその後拡大を見せ、富裕層や成功した起業家OB、更にはシードマネーを供給するファンドが現れるに至りました。これらの投資家には、中には篤志家のような人々もいるでしょうが、起業家自身の能力や人柄をよく知っている人、という人ではないため、起業家の応援という本来のエンジェル投資家としてのスタンスよりはやはり投資リターンを中心に物事を考えるということになるだろうと思います。ましてや、ファンドとなると投資資金は自己資金ではありませんので、ファンドに対する投資家のためにマネジャーはポートフォリオ全体としてリターンを上げなければなりません。投資の条件も自然と起業家に厳しいものにならざるを得ません。
いずれのタイプのエンジェル投資家から資金調達をするにせよ、管理人は、シードラウンドは創業者が主導して投資条件を定めていくべきであると考えています。
なぜなら、シードラウンドの投資条件は、段階的ファイナンスの投資条件の中で最も制約的でない条件となる必要がありますが、これを実現するためには創業者が投資条件を牽引していく必要があるからです。
段階的ファイナンスでは、シードラウンド(A種優先株)の基本条件をベースとして、その後のB種、C種、D種の基本条件が決まってきます。すなわち、ミドルステージやレイトステージの投資家は、投資のトランシェとしてA種株主よりも優先する関係にありますので、投資の基本条件としてもA種株主よりも緩い条件は受け入れません。逆にいうと、シードラウンドで投資家に経営に対する権限を与え過ぎると、その後のラウンドを進めるにつれて経営の自由度はどんどんなくなっていき、自らの首を締めかねません。
そもそも、エンジェル投資家は、創業者の起業を応援するという位置づけが本来の姿ですので、プレマネーバリュエーションやエグジット時の優先権に一定のこだわりを持つことはあったとしても、創業者を監視・モニタリングするという機能を強くは求められていません。創業者が提示したタームシートを確認し、スタンダードから外れていなければ良しとする、そのような投資家をエンジェル投資家として求めていくというのが、あるべきシードラウンドでの資金調達だと考えます。
問題は、資金のない創業者がどのようにシードラウンドを主導し、クローズさせていくかです。段階的ファイナンスの投資条件は、シードラウンドの条件をベースにして、積み重なるように生成されていきますので、その意味では、シードラウンドのガバナンスに関する規定の作りは、企業の意思決定の仕組みを左右する極めて重要な内容となります。したがって、これらを定める契約書等の文書の作成に専門家の力を借りないという選択肢はありません。非常に重要なので繰り返しますが、シードラウンドを創業者が主導するということは、創業者が適当な雛型で自らエンジェル投資家との間の契約書を作成すべきということでは決してありません。創業者サイドに立つ専門家のアドバイスのもとでファイナンス関連文書を作成すべきであるということを強調するものです。
では、そんな専門家がいるのでしょうか?ここが最大の課題となります。
アーリーステージのスタートアップ企業を支える専門家
VC側のアドバイザーとスタートアップ企業のアドバイザーのいずれか好きな方に就任することができるとした場合、アドバイザーはどちらを選択するでしょうか。アドバイザーが投資家と企業の間を仲介して投資案件が動き出す場合、実際にこのような選択を迫られることがあります。
通常のビジネス感覚の持ち主であれば、案件のパイプラインを持ち、報酬を取りはぐれる心配がないVC側のアドバイザーを選択するでしょう。
かつてのシリコンバレーもそのような状態でした。そうした中、創業者の利益が守られなければベンチャーコミュニティ全体が消滅してしまうとして、徹底して創業者のアドバイザーを務めた法律事務所がありました。今やシリコンバレー最強の法律事務所と誰もが認める、黎明期のウィルソン・ソンシーニ法律事務所です。
彼らも崇高な理念だけでそのような戦略をとったわけではありません。後発の法律事務所としての生き残りのためという背景もあったでしょう。いずれにせよ、彼らは、資金力に欠けるスタートアップ企業を顧客基盤にしながら収益を上げるビジネスモデルを生み出したのです。
ベンチャーエコシステムの生成について真剣に考えたとき、最後にして最大のボトルネックは、アーリーステージのスタートアップ企業を支える専門家の不足にあります。ここを乗り越えた当時の上記事務所の所属弁護士は、真の意味でイノベーターであったと管理人は尊敬してやみません。
ベンチャーファイナンスを理解するためには、段階的ファイナンスの基礎となる種類株式に関する知識、段階的ファイナンスの構造や計算方法に関する知識、従業員報酬のためのストック・オプションに関する知識、創業者のフリーライドの防止に関するアレンジメントに関する知識など、法律分野の中では比較的高度な知識が必要です。しかも、これらの各仕組みの相互関係、つまり全体が一体となって創業者、投資家、従業員の利害を合理的な形で制御し、最大の企業価値を生むように関係者に動機付けを行っていることを理解しなければなりません。
ここまで深い理解は、もちろんプレイヤーである投資家や創業者には求められていません。しかしながら、専門家と呼ばれる人たちには、本来必須の知識です。高度の知識が要求されるベンチャーファイナンスのサービスを、資金力が十分でないスタートアップ企業に提供するための仕組みが求められているところに、ベンチャーファイナンスの真の難しさがあり、ベンチャーエコシステム構築のための最大のチャレンジがあります。
なお、ウィルソン・ソンシーニ法律事務所のイノベーションとして、しばしば株式の取得が人々の口に上ることがあります。もちろん、これは彼らのイノベーションの一つであることはその通りですが、これのみを見ていると本質を見誤ります。カンバンを取り入れて不具合のたびに工程を止めることがトヨタ生産方式の真髄でないのと同じです。
彼らがシリコンバレーにどのような変革をもたらし、ゲームのルールを変えたのか。本サイトは起業家の皆さんのための情報提供を目的とするサイトですので、これ以上の脱線は控えます。もしこのサイトを専門家の皆さんが見てくださって、管理人の考えとソリューションの腹案を聞いてやろうじゃないかという、思いを同じくする方がいらっしゃれば、ぜひ議論をさせていただきたいと思っています。
連載記事
- 必修知識-ベンチャー実務について理解するために必要な背景
- 「はじめの一歩」から間違えないために
- ベンチャー市場の「エコシステム」を作ろう
- シリコンバレーのひみつ
- 製品デザインの変化とベンチャービジネスの興隆
- ベンチャー企業と創業者の関係-ベンチャー企業、創業者、VCの三者を巡る経済的な関係 (1/3)
- ベンチャー企業と投資家の関係-ベンチャー企業、創業者、VCの三者を巡る経済的な関係 (2/3)
- 創業者と投資家の関係-ベンチャー企業、創業者、VCの三者を巡る経済的な関係性 (3/3)
- ベンチャー企業のガバナンスモデル
- 過半数保有へのこだわりが意味するもの
- 創業者利益発生のメカニズム
- エコシステム構築のための行動ビジョン